八ヶ岳&穂高

故・堀田弘司先生主宰「八ヶ岳・雪上ハイキング」に参加

  97年12月、朝○新聞紙上でハイキング参加を募っていた内容が
 ふと目にとまった。「雪上ハイキングのためアイゼンも不要」とのこ
 とで、春以降まで登山ができないと思っていただけに、思い切って
 参加することに決めた。

  さっそくI○Sスポーツに行き、アイゼン、ピッケルを除く装備を買い
 そろえたが、結構な金額がかかり驚いた。

  中央線茅野駅からバスで美濃戸口まで行き、そこから赤岳鉱泉
 までハイキング。途中、真っ青な空と真っ白な雪原のコントラストに
 何度も目を奪われ、この世の別世界に思えたほどだった。

  赤岳鉱泉にて初めての山小屋料理が、なんと鍋! 質素なもの
 を想像していただけに、ちょっと感動。食後、堀田先生から冬山の
 用具一式を紹介してもらったが、この時は自分に関係ないと無関
 心だった。翌日、八ヶ岳の主峰・赤岳を見上げたとき、サブガイドの
 方の「今度は頂上に登ってみたら」の一言が印象的だった。
 

八ヶ岳主峰「赤岳2899m」に挑戦

  2月いわゆる厳冬期の八ヶ岳。結果は、吹雪で途中撤退。

  雪上ハイキング以降、ピッケル&アイゼンを追加購入し、登山に対
 していよいよ後には引けない環境を自分で選択してしまった。

  このコースは、赤岳鉱泉で一泊(あの長野冬季五輪で里谷選手が
 金メダルを獲得した日)の後、行者小屋を経て文三郎道を登って行
 きます。撤退した場所は、岩と雪のミックス・ルートあたりでしょうか。
 吹雪初体験の自分にとっては、ザックからゴーグルを取り出すこと
 すらパニクッていた。

  吹雪の恐怖を味わいながらも、帰宅後数日すると「なんとしても雪
 山の頂上に立ってみたい」という願望に駆られた。堀田先生の登山
 教室スケジュール表を見直し、3月末の北アルプス・西穂高が目に
 とまった。「北アルプス」と聞いただけで縁遠いと思っていたが、先生
 に電話したら、連れて行ってやるとのことで了解を得た。とうとう穂高
 岳デビューのはじまりである。

※堀田弘司先生:1935年、東京生まれ。ちゃきちゃきの
           江戸っ子タイプの方でした。山と渓谷社、
           登山用具店好日山荘を経て、日本アル
           パインガイド協会の重鎮メンバーの一人。
           第二次ロッククライミングクラブ同人(昭和
           30年代における先鋭アルピニスト)。
           著書:山への挑戦−登山用具は語る−
                     岩波新書(90年6月初版)

北アルプス・西穂高岳(2909m)初登頂!

  穂高連峰とは、涸沢を取り巻く北穂高、奥穂高、前穂高、北穂高
 と奥穂高の間にある涸沢岳の3000m級とちょっと控えめな西穂高を
 合わせてそう呼んでいる。

  アプローチは、新穂高温泉からロープウェーで2156mの西穂高口
 駅へ。初日は樹林帯を経て西穂山荘(通年営業)で一泊。

  2日目、第一関門の雪壁を直登して独標(2701m)へ。岩登り未経
 験でよく登れたと思った。ここは西穂高までの通過点ではあるが、
 初めての冬山ピークからのパノラマをしばし堪能。ただし、ここから
 行くも戻るも急下降を要し足がすくむ。さらに両サイドが切れ落ちて
 いる箇所を腰が引けながら進み、首から上は硬直したまま。実は高
 所恐怖症なのです。第二関門のピラミッドピークで小休止後、西穂
 高頂上。奥穂高岳、吊り尾根、前穂高岳の眺望は豪快そのもの。
  下山が難儀だった。岩稜の連続に対し細心の注意を払い、まさに
 真剣そのもの。普段適当な性格の自分も、クライミングだけは流石
 に本気にさせられます。ひとまず「ホッ!」

北アルプスのメッカ「涸沢」、そして北穂高岳(3106m)初登頂!

  時期は5月のゴールデンウィーク、残雪シーズンである。上高
 地、涸沢、北穂高岳チャレンジ、とにかくすべてが初づくし。

  堀田先生の登山教室メンバーは、皆さん常連で精鋭メンバー。
 超ビギナーは自分だけで、自己紹介の時に先生曰く「彼は八ヶ岳
 雪上ハイキングに初めて参加した後、冬の赤岳、これは吹雪かれ
 て駄目だったけど、次に西穂、そしてとうとう北穂にも来たよ」と。

  涸沢ヒュッテから見上げる穂高連峰は壮観だ。南稜の途中で休
 憩、ここで皆の失笑を買ってしまった。高所恐怖症の再発である。
 皆は「あれがゴジラの背、あれが前穂、あれが奥穂」といった感じ
 でパノラマを楽しんでいるが、自分はというと斜面を背にすることが
 出来ない。斜面に手を付いたままの状態をキープしていないと怖い
 のです。頂上での写真も腰が引けたまま、極めつけは、北穂から
 槍ヶ岳までの大キレット、クライマーの憧れ滝谷を見た時には、背
 筋がゾ〜。
  なお、奥穂高は天候不良による順延でお預けとなってしまった。

上高地群発地震の最中、槍ヶ岳山荘から穂高山荘まで縦走

  今回も堀田先生の登山教室。まず上高地でグラッ。地震も沈静化
 しつつある状況だったが、前途多難の予感。

  横尾山荘で一泊ののち、坊主岩小屋で初めてダウン。原因は
 水分の補給不足。サブガイドの方からウィダーをいただき10分ほ
 ど休憩したら回復し、皆の後を追いかけた。しばらくして今度は雷。
 逃げ場のないところで稲妻がピカピカ、金属類を慌ててかくした。

  槍ヶ岳は登山条件が悪いとのことで断念、北穂高岳に向かった。
 南岳小屋あたりで天気がグ〜ンと回復して、ここから大キレットだ。
 超初心者の自分には、サブガイドの方にほぼ専属でサポートして
 いただいた。難所は、長谷川ピーク、飛騨泣き、北穂小屋手前の急
 登。長谷川ピークの岩場をまたいだときに地震でグラッ。周辺は落石
 の音、飛騨泣きでは揺れるなよ、と祈りつつ頭真っ白状態で無事通
 過。山荘目前の急登をやっとの思いで登り、ここで一泊。

  穂高山荘まで縦走後、雨天により5月に続いて奥穂登頂は断念。  

富士登山の記録
登頂 五合目〜
回数 月日 新七合目 七合目 八合目 九合目 九合五勺 頂上 剣ケ峰 登頂時間 下山時間
7月4日 45分 29分 32分 29分 25分 28分 23分 3時間31分 1時間51分
9月5日 48分 31分 30分 32分 28分 33分 18分 3時間40分 1時間47分
10月3日 47分 31分 27分 31分 24分 29分 15分 3時間24分 1時間56分

赤岳鉱泉にて

独標にて

西穂高岳頂上より

北穂高岳頂上より

槍ヶ岳から大キレット
にかけて夏に縦走!

通称「鳥も通わぬ」滝谷

涸沢からの奥穂高岳

大キレットを無事通過し、北穂高頂上へ。
北穂高山荘は、国内で最も高い場所にあ
る山小屋。食事時は、BGMのかかる北
アルプス随一のデラックスさ。そんなところ
でも、地震による落石の音は、眠気を覚ま
させるに充分な音響効果でした。