8月23日(火)
07:30 Estacion
de Lalin → 22:30 Vedra(40km)
/Albergue 泊
ミカさんの調子もだいぶ良くなった。
夕べの食事の時に、ホセから朝起こすように言われていた。
三人の意見は同じだった。 静かに支度をして、一応格好だけホセを起こしにいこう。そして先に出よう。
ホセは朝が弱い。目覚ましをかけているが起きたためしがなく、その音でみんなにいつも迷惑をかけている。
そんな彼だからきっとうまくいくだろう。
しかし困ったことに気が付いた。頼りの地図がついているパンフレットを昨日ホセに預けてしまったのだ。
これを奪回しなければならない。
ミカさんと二人で彼の部屋に入っていく。 小さい声でホセを起こす。
そして先に行くから地図はどこか聞くと、けっこう意識ははっきりしていて、地図の場所もわかった。
ホセは電話するから電話番号を教えてという。だいじょうぶだからと言うと、パキの電話番号も聞いてくる。
「だいじょうぶ、ありがとう!」
と強引に済ませようとしたが、さらに自分の番号を控えろという。
「いいよ、いいよ、どうせ一本道だからどこかで会うってば!」
そして逃げた。
パキに、パキの電話番号を聞かれたけど、今度は言わなかったと言うと、笑いながら
「ちゃんと学習したわね!」
と言われてしまった。ペドロに教えたことを言っているのだろう。
三人で歩きはじめるが、パキはさすがに足の長さの分と、体の調子がいい分、スピードが早くなってきた。
今日は35km強。
一生懸命歩かなければならない。
すでに明日Santiagoに着くことは確定だった。
数日前からイサベルに言われていたことは、
「みんなで揃ってSantiagoに着きたいの、最後の日はどんなにゆっくりでも一緒に歩こうとイワンとも話しているのよ。そして一緒にパーティをしましょう。」
そこにペドロも含まれているのかはわからなかったが、私たちもこの申し出に答えられるように、今日は目的地にちゃんと着きたいのだ。
しかし11時にイサベルからパキに電話があった。
「 今日の目的地のプエンテ・ウラにはアルベルゲがないってわかったの。その3km先に村があるからそこまで来てほしいのだけど。」
パキは私たちの一日の歩行距離に疑問を持っていた。
『私にはよくわからないわ。何でこんなに急ぐの?』
そしてイサベルにこう言った。
「今日は35kmで精いっぱいよ。プエンテ・ウラにアルベルゲがなくても、昨日みたいに手頃なホテルがあったりすると思うわ。」
電話を切ったあと、説明を聞いてから、私はミカさんに聞いた。
今日は、もう3km余計に歩けるよね? ミカさんも
「歩けそうな気がする。」
と言ってくれた。 何が何でもみんなの居るところへ行きたいのである。
しばらくすると、イワンからも電話が入った。
パキは
「とても歩けないわ。ミカの胃の具合は良くなったけど、Hiromiはまだ悪いのよ。」
その時私はパキに、
「私なら、『歩ける』って言って!」
と伝える。 パキはすぐにイワンに
「Hiromiが歩けるって言っているわ。」
まだ胃の調子は改善されていなかった。むしろ昨日より悪かったのだ。 それでも35km歩けたのなら、きっとその先も歩ける。時間をかけてでも歩きたい。
パキには申し訳ない気がした。
パキにとっては全員で一緒にSantiagoに着くことは、それほど重要ではないかもしれない。たくさんのトラブルにも巻き込んでしまった。
それでもパキもすっかり行く気になってくれた。
だんだん私の胃の調子も良くなって、周期的な胃の痛みも30分間隔になってきて、痛みを忘れることの方が多くなってきた。
胃痛の原因をミカさんと分析すると、
1、寝不足と疲労の蓄積。
2、どうもあの『蛸』があやしい。 ・・・というか、食べ過ぎ?
3、ペドロのせい。
これらがちょうどぴったり合わさって、こうなったのだろうと結果づけた。
途中の村で、おいしい昼食を食べることができた。
お店の特製の干鱈とポテトの煮込みだった。ミカさんも私も、24時間ぶりの固形物だった。そのおかげで少し元気が出てきた。
少し歩いていたら、また店の人が追いかけてきた。
私の大切な日記帳であるスケッチブックを持ってきてくれたのであった。
あ〜〜〜っ!ありがと!!!
頑張ったので、あと少しで今日の最初の『目的地であった』、プエンテ・ウラに近付いてきた。
大きな古い橋があり、遥か下に川が流れていた。
地名のプエンテとは橋のことである。
「さっき電話があった時、イワンとイサベルは、泳いでいると言っていたから、それはきっとこの川でだわ!」
あああ〜〜っ、イサベルまでワイルドになってきた。
そしてもう町が近いとわかると私たちには余裕が出てきた。
パキは『バイラル・チピチピ』という歌を私たちに教えると言う。 これは振り付けがつく。
Baila El Chipichipi
Ayer fui al pueblo a ver a la Mari,
la Mari me enseuo a bailar
el Chipi-chipi Baila el Chipi-Chipi
Baila el Chipi-Chipi
Pero bailalo bien
昨日海岸に行ったらマリという娘に会って、彼女にChipi-chipiという踊りを教えてもらったという歌らしい。
これを振り付きで教えこまされ、途中では歩きを止めて踊るのだった。
「じゃあ、一人づつよ、Hiromiからやってみて。」
なかなか厳しい。 歌えるまで許してくれなかった。
こうしてプエンテ・ウラに着いたのだった。
ここに着いたのは8時半くらいだっただろうか。ここからあと3kmと聞いていたのだが、ここからが地獄だった。実際は5km近くあったのだ。
村を出る頃には、すでに薄暗くなりはじめていた。
ここまで来れば楽勝と思っていたら、暗くなってしまったこと、田舎道で電灯がなかったことが、とても不安にさせたし、歩みを遅らせた。
真っ暗い中をトンネルに入らねばならなかった。このときは三人で腕を組み、さっき覚えたBaila
El Chipichipiを歌いながらくぐった。
方向さえもわからない。 途中まではイサベルとイワンに電話で聞いたりできたが、田舎道に入ってしまえば、お互いに説明のしようがない。
懐中電灯を三人でつける。何ひとつ明かりのない山道、パキはとても怖がった。
私はまた彼女に対し、申し訳ない気持ちになった。私たちのために彼女を巻き添えにしている。パキは人がいいから、私たちが行きたいと言えば、無理をしてでもついてきてくれる。
申し訳ないと思うと同時に優しくて人のいい彼女のことを誇りに思った。
もし懐中電灯を消せば、1cm先さえ見えない闇なのだ。
この世の中に、こんな闇があったとは。
道を踏み外せばどんなことになるかもわからない。
昼間とは事情が全く違う。 その上すでに今日は40kmを歩いているのだ。疲れもとうに出てきている。
ただ、道標だけは懐中電灯の光に浮かびあがるのだった。
分かれ道があっても、なんとかこの道標のおかげで進むことができた。
こわごわ進む私たちの目の前に、とうとう村の明かりが見えてきた。
そしてやっとアルベルゲに到着。
最後の最後まで甘くはない『銀の道』だった。
ガラス張りのアルベルゲの中に、みんながいるのが見える。
向こうからも私たちが見えたらしい。
最初にペペが走ってやってきた!
「ペペ!!!」
みんなで抱きつく。
そしてイワンとイサベルが出てきた。
イサベルとかたく抱き合っている間、イワンは私のリュックをベッドまで持っていってくれた。
私はこの瞬間が大きなゴールのような気がした。
ものすごい充実感、満足感。ここまで来て良かった!
すでに10時半になっていた。
そこにはすごい人数の巡礼者がいた。
100人近くいたのではないか。
ベッドを三つ取ってあって、好きなところに寝るように言われた。
ペドロも来ている。みんな一緒だ!
今日のアルベルゲが満員なのは、噂に聞いていたSantiagoまで200kmくらいの距離から団体40名で歩いている人たちと、とうとう一緒になったせいだった。
ここからSantiagoまでは16km。だからみんな浮かれてお祭り気分なのだ。
私たちのことを、イワンたちが何人かの巡礼者に話していたようで、私たちが到着すると、とてもフレンドリーな笑顔で迎えてくれるのだ。
どこに居ても、みんなが優しくて、まるでフランスの道みたい。
部屋は大部屋が二つあって、私たちのベッドのそばの床に、イワンとイサベルの寝袋が広げてある。もしかして、ベッドを譲ってくれたのだろうか。
シャワーを浴び、洗濯を済ませ、とても疲れていたが、眠る気がしなかった。
興奮状態にあったからだ。
みんながおしゃべりをしているテーブルに行った。
そこで私は今までお世話になった、いつかイサベルが見つけてくれた杖を取り出し、飾り付けをすることにした。
途中で拾ったどんぐり、花、これらを靴をなおすために買った、スーパー・グルーで固定した。
これを持って最後の16kmを歩くのだ。
イサベルに、ベッドのことを聞き、やはり譲ってくれたようなので、それなら私が床に寝るからと申し出ると、
「ここにはマットレスがいっぱいあるのよ。だから同じ。もしあなたが一緒に床に寝たいのなら、ベッドのマットレスを下ろせばいいわ。それはあなたの自由だけど、床だろうとベッドだろうと、マットレスの上ということは同じなのだから、気にしなくていいのよ。」
疲れて到着する私たちのために、自分のベッドをあけ渡してくれたのだった。
パキもテーブルにやってきた。パキの表情は、いつもの幸せそうな顔に戻っていた。
イワンはとなりのテーブルで今日会った人たちと話し込んでいる。彼はどんな人たちとも何も心に国境がないから話ができるのだ。若い子、おじいちゃん、動物までもが彼の話に耳を傾ける。
そのうちイワンもこちらのテーブルに戻ってきたので、
「ベッド、ありがとう!」
というと、微笑みながら
「そんなのぜんぜんいいんだよ。」
パキがさっき教えた歌を歌えというのでやってみると、もう眠たいし、へろへろ状態だったが、みんなで聴いてくれた。
いつものようにたわいもない話をしているうち、ペドロとぺぺが部屋に戻り、イワンとイサベルがこれから星を見に行こうと言い出す。
暖かい格好をして、寝袋を持ち、イサベルはマットレスを一枚持って四人で外に出かけた。
一枚のマットレスに四人で身を寄せあい横になる。
パキは寝袋を持ってこなかったので私の寝袋に一緒に入る。
そして天を見上げた。
そういえば、今回の巡礼は、星をよく見たものだ。
朝が早いから、最初はフランと星を見ながら歩いたっけ。
みんなで流れ星を見るために深夜にでかけたこともあった。
とても寒くて震えるほどなのだけど、大好きな三人が話すスペイン語が子守唄に聞こえ、心地良く、目を閉じ半分眠っていた。
とてもとても幸せな夜だった。



























8月24日(水)
07:00 Vedra → 12:30 Santiago
de Compostela (16km)
/barForest泊
今日は12時のミサに間に合うように、6時半に出発するのだと決めていた。
いよいよあと16kmでサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着するのだ。
アルベルゲの電灯は6時に一斉に点いた。こんなのは初めてだった。
アルベルゲを出る前にみんなが揃っていることを確認し、一列になって出ていく。
おりしも40名の団体が、アルベルゲの入り口の両側に並んでいて、私たちはその間を通
る。
その時、誰からともなく、私たち7人に向かって拍手がわきおこった。
涙が出そうだった。
そして自分達を誇りに思った。
胸を張って通り過ぎるのがやっとだった。
最初のうちはイサベルと、こ れまでの思い出話をしながら歩く。
「昨日はね、このアルベルゲに来る前に、プエンテ・ウラの川で泳いだのよ。ターザンのように蔓につかまって水に飛び込んだの。最初ははそんなことはとても出来ないとイワンに言ったら、やらなきゃダメだっていうのよ。それで思いきってやってみたら、ものすごく気持ちが良かったの。」
彼女自身もこの旅によって、大きく変わっていた。
そのうちイワンが来て一緒に歩く。
イワンはちょっと変な人になっていて、急にクスクス笑い出し、その笑いが止まらない。
うれしくてしかたがないらしい。
少し前を歩いていたミカさんが下がってきた。
逆に後ろから来ていた巡礼者たちが追い越しはじめた。
イワンはひとりで
「すごいね〜、夢みたいだね〜。」
と言いながらまた笑い出す。
8kmくらい歩いたところでバルに立ち寄る。
ここには大勢の巡礼者がいた。
4つしか残っていなかったクロワッサンを分け合い食べる。
私はココア。コーヒーが大好きなのだが、胃の調子がいい時にしか飲めないのだ。
ここで住所交換会が始まった。
ペペも、ペドロも自分の住所をメモに書いて配っている。
イサベルの住所も聞いていなかった。メールアドレスと電話番号しかしらなかった。
パキもみんなに住所を書いている。彼女もすっかりこのグループの大切な一員になっていた。
気が付いたら回りに私たち以外、誰もいない。
みんな行ってしまった。
12時のミサに出れるのだろうか?
いや、もうそんなことより、『今』が大切なんだ!
やっと腰を上げ歩き出す。
イワンと一緒に歩く。
相変わらず笑いが止まらない。頭がおかしい人みたい。でもとても幸せそうだった。
「イワン、去年はイタリアを歩いたというけど、どこを回ったの?」
立ち止まって杖を使って地面に地図を書いてくれる。 ここから出て・・・たくさんの地名を教えてくれた。
「 南はナポリ、アマルフィ、ソレント・・・。」
小さい村が素晴らしかったこと、この時は全てが野宿で、足のマメももっとたくさんできて大変だったこと・・・教えてくれた。
「みんなで一緒にSantiagoまで歩けて良かったね。だって私、みんなのことが大好きなんだもん。」
私がこう言うと
「僕もみんな一人一人が大好き!だって面白い人ばっかりなんだもの。」
そしてイワンの物まね劇場が始まった。
「Hiromiはね・・・」
と言って私の癖らしいポーズをとる。指をさしながら、その指を振りつつ、何度もうなずくのだと言う。
「ペドロはこうやって杖をつきながら『ボソボソッ。ボソボソボソッ』としゃべるんだ。」
「ミカは頭に懐中電灯を付け、杖の上に両腕を張って乗せてそこに頭を置いて、こうやって目を左右にキョロキョロするよね。」
「イサベルは(早歩きをしながら)首を左右に素早く回しながらペラペラしゃべりながら歩くんだ。」
「ペペはね、(腰をかがめ)『フレッチャー!』(矢印)と指を指す。そして後ろから車がくると(また腰をかがめ)『コーチェ!』(車)と叫んで僕達を守ってくれるんだ。」
まさにみんなの特徴をとらえていた。
じゃあイワンはどうなの?と聞くと
「僕はノルマル(ノーマル)。」
とすましている。
「僕の友達はすごいよ、もう変なヤツばかり。僕なんかノルマルだよ。」
今度は合気道の話になる。週に何回やっているのか聞くと、3回、朝の9時から11時まで。正座をしたり、挨拶をきちんとするのだと言う。
すると、急に道に座り、正座をしてみせた。そして挨拶もしている。 (あ〜、いちいち止まるとみんなから遅れちゃうのに・・・)
今度は腰掛けるのにちょうどいい石を見つけ、
「ちょっと待ってて。」
と言いながら リュックから穴だらけのジーンズを出し、はいている。
今日もいつものパンツ一枚のスタイルだったのだ。
「Santiagoさんに会うためにジーンズをはくの?」
と聞くと
「うん、それもあるけど、街ではこれをはかないとね。前にオウレンセでいつもの格好で人に道を聞いたら逃げられちゃったんだ。」
(あ〜、もうみんなの姿が見えないほど離れちゃった〜!)
前々から時々私の名前をうっかりHiroshiと呼んでしまうことがある。
この時、何かの話をしていて、またHiroshiと呼んだため、ちょうど橋を渡っていたところだったので、橋から川に突き落とそうとすると、
「あ〜っ、日本人に殺されるぅ! この『銀の道』を何百キロも歩いてきて、あと1km地点で溺れ死んじゃうなんてひどすぎるよ。・・・
これが口火となってスペインは日本に兵を送り込み、両国は戦争にまで発展するんだ。戦争って『こんなこと』がきっかけで起こるんだよ。」
こんな漫才を見ながら歩いていると、遠くでみんなが待っていてくれるのが見えた。
それでもおかまいなしに止まっては、杖を銃に持ち替え攻撃する真似をしている。
「あと1kmで着くとこだったのに・・・。」
まだ言っている。
みんなは待ちくたびれた表情だった。でも、許してくれるのはわかっていた。
実際はここからまだ4kmあった。
そしていよいよ見覚えのあるsantiagoの山の上の鉄塔が見えてきた。
更に行くとカテドラルの塔が見えてきた。
街に入るとイワンが立ち止まって、女の人と親しそうに話している。後から 私たちを追いかけてきて
「ねぇ、びっくりしたよ!一昨年のカミーノ・ノルテ(北の海沿いのコース)のコンパニエーラ(仲間)だった人と、こんなとこで会っちゃったんだ!」
興奮して言った。たぶん誰よりも知り合いが多い彼だから、こういう確率は高いのかもしれないけど、これもこの道の不思議だろう。
この後街の中心のカテドラルの手前まで、ずっと登りが続く。ペペが歩調を合わせてくれ、がんばれ!と声をかけてくれた。
とても暑くなっていた。
最後の最後まで厳しい『銀の道』・・・・・・。
いよいよカテドラルの裏から回り込んでオブラロイド広場へ。
パキがそばに来て腕を組み、こう言う。
「すごいことね、私たち、二度も一緒にここに到着するのよ!」
この頃ミサの時間を知らせる12時の鐘が鳴った。。
もうミサに出席する気は誰にもなかった。
広場の真ん中、カテドラルの正面に来て、それぞれが抱き合って、讃えあい、そしてその場にへたり込む。
ただぼんやり座る。
すると昨日から一緒だった人たちだろうか、一緒に写真を撮らせて欲しいと言われ、その人たち三人も入り記念撮影をする。
そしてまたへたり込む。
私は日本の母に電話をした。そしてこの電話をみんなに回した。 イサベルとパキは英語でしゃべっている。ペペもイワンもしゃべって、ミカさんが最後に話す。するとイワンが笛を吹き出した。受話器を近付け聴いてもらう。
おそらくこの臨場感は日本まで伝わったに違いない。
私はイサベルに言った。
「私はもう一度、あの暑いアンダルシアやエストレマドゥーラに戻って歩けと言われたら、絶対に断るわ。でもね、あそこを歩いたからこそ、今こんなに充実して幸せなんだと思うの。そして自信が持てたの。」
イサベルは
「私も同じ意見よ。本当にそう思うわ。」
あの辛い道を歩いたもの同士だという連帯感は、この仲間を強い絆で結んでいた。
あきらめかけた時もあったほど、厳しい道だった。
ここを歩いたことによって、何か大きく変わろうとしていた。
『無限大の可能性』
自分のリミットは、あるようで、ないのではないか。
限界の向こうには、また新しい可能性が開けているのだ。
そしてすべての偶然に感謝したい。
私たちがSevillaから始めなければ、みんなに会えなかった。 Caperraではバスに乗ったことは残念だったけど、だからこそみんなと歩けた。
後悔していた事柄にすらにも感謝するのだった。
イサベルは、まだみんなが何も考えられない状態なのに、
「今日の祝賀のランチだけど、ちょっと高いけどおいしい店があるの、そこに予約しようと思うのだけどいいかしら?」
一人づつ聞いて回っている。さすがだ。
そしてやおら全員で証明書をもらいにオフィスへ行く。
ミカさん以外は全員がSantiagoの街をよく知っていた。
オフィスではすんなり証明書がもらえ、自慢しあう。
名前がラテン語で書かれているからだ。(日本人は当然そのままの名前)
すぐに近くの店でラミネート加工をしてもらった。
電話予約していた、去年私とパキが泊まったオスタルに向かう。
全員分の5部屋を確保してある。
それぞれの部屋に一度行き、すぐに祝賀ランチの会場に向かった。
今日のランチは魚介の盛り合わせ。前菜も貝。メインはいくつもの種類の蟹やエビ、貝が大量
に盛られた、最大級豪華なものだった。 ワインはもちろんリベイロ。
いつもは赤ワインしか飲まない私たちも、これがまたとてもおいしくて、どんどんすすんでしまう。
イワンだけは一人だけ特大のステーキを食べている。
ペドロとイサベルは一番奥で、向かい合って座っている。
みんなでワイワイ言いながら食べる食事は最高だ。
ペドロが何かを私たちに伝えようとしている。電子手帳を使いながら、『運命』という言葉にいきあたる。
私たちが出会ったのは『運命』だと言っている。
ペドロがこんなことを言うとは思わなかった。
確かに旅の間に出会い、ともに歩き、ここにこうして居合わせる。これは『運命』なのかもしれない。
ワインをたくさん飲み、イワンは途中で一度顔を洗いに行った。
誰もが幸せな顔をしている。
オスタルに戻って少し眠ることにした。
昨日は40km歩いたのに、そのあと2時間半しか寝ていなかったのだ。
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再び夜の10時に集合し、隣のバルで食事。
雨の多いこの街で、着いた時からずっと晴れ。
屋外のテーブルが心地良い。
まだ胃の調子が良くなかったので、スープとサラダだけにする。そのスープがおいしかった。
この時はみんな静かだった。去年もそうだった。昼の食事はにぎやかだったのに対し、夜の食事は静か。疲れていることもあるが、近くに迫った別
れの時のせいかもしれない。
そこに疲れきった表情のホセがたった今到着した。一昨日の朝に別れたきりだった。
いつもの元気さは全くなく、顔色も悪い。
イワンが彼のリュックを背負い、オスタルの自分のシングルルームで彼を寝かして戻ってきた。彼はいつも考える前に体が動いている。損得も抜きで今やるべきことをさっとやる。本当に優しい人なのだと思う。
さっきから何度も私たちのテーブルに、いろいろな小物を売り込みにやってくる人たちがいる。
光るカチューシャとか、花とか。 何度目かに木片で出来た薔薇を売るおばさんがきた。
イワンが値段を聞いている。四本買うから負けてと交渉している。交渉が成立し、私たちに一本づつプレゼントしてくれた。
女は花に弱い。
一番年下のお金のないイワンに花を貰って私達は大喜び。
それぞれ違う色のバラを大切そうに見つめていた。
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いよいよここからが本番だ。
今日の打ち上げにふさわしい会場を探しにでかける。
途中でオブラロイド広場に出ると、イワンが
「ミラ!(見て!)」
という先には、カテドラルの一部に、誰もないのに巡礼者の影が写っていた。たまたま回りのものが、そういう風に重なって見えるらしかった。
また歩いていると
「ペドロ、目をつむってごらん。」
ペドロは素直に目をつぶり、ここにと・・・、そしてここに触ってごらんと言われ、言う通
りにすると、それは悪魔の肛門をなぞっていた。
そんな遊びをしながら、良さそうな店を探す。
まだ12時ころなのでどこも人が少ない。
目星をつけてやってきたこの店も、最初は誰もいなかった。
私たちは地下に降りていき、カウンターでビールを注文する。 最初はおしゃべりをしていたが、イワンが踊り出す。
この人はどこでも歌って踊っちゃう人だから。そしてペドロも踊る。彼も歌も踊るのも大好き。
イワンに誘われて私も踊り出す。イワンは、楽しそうにニコニコ思いきり微笑みながら踊る。その顔を見ながら、こちらも思いきりニコニコにつきあう。何曲か休みなく踊る。
そのうち全員が踊り出す。ペドロはいつかの夜にアルベルゲがダンス教室になった時に教わったようなステップを踏み、みんなを回っている。
普段は踊りそうもないペペも一人でノリノリ。イサベルは激しい。髪も腕も振り回している。ミカさんは、武術の型のような動き、パキはさすがにフラメンコ調。
そして時にはみんなが輪になって、手を繋ぎぐるぐる回る。
ノリノリの曲がかかると、みんなで天を指さし、シャウト!
そしてイワンが
「カミーノ・デ・ラ・プラタ !!」(銀の道!)
と上に向かって叫んだ!
決して大きな声ではなかったが、天に響く声だった。
一瞬、時が止まったような気がした。
・・・・・・・・・・・・。
そうだよ。
私たちはラ・プラタを歩いたんだよ。
他のどこでもない。過酷で苦しい『真夏のラ・プラタ』。そこを歩いてきたのだ。
ここにいる他に人たちにとっては、とるに足らないことだろう。何の自慢にもならないだろう。
でも、私たちにとっては、誇らしくもあり特別の意味を持っていた。
そのうち人でいっぱいになったフロアーで、私たちは同じペースで踊り続け、異様に見えたかもしれないが、そんなのおかまいなし。
朝までそれは続き、イサベルが
「今夜もワン・タパ(一日分の移動距離)歩いたわね。」
確かに35kmくらい歩いたようなエネルギーの消費量だった。
最後にペドロがみんなにオルホというよくこの旅でも飲んだ酒をご馳走してくれた。
宿の前の通りで『フランス道』を歩いてきた人たちが道ばたに座って、その仲間のパフォーマンスを見ていた。
私たちも座ってそれを見る。イワンだけが元気で、彼らに声をかけ笑っている。
みんな彼らを見て笑っている。
しばらくして、私とミカさんとパキは部屋に戻った。
朝は9時に朝食を一緒に食べようと約束をして。












































8月25日(木)
Santiago
/barForest泊
2時間しか寝ていないだろう。
シャワーを浴び朝食を食べに向かいのバルにいく。
これが全員が揃う最後の食事だった。
私はタルタ・デ・サンティアゴとココア。
しばらくするとリュックを背負ったホセがオスタルから出てくるのが見えた。
ここに呼び出し一緒に朝食を食べる。
この後は全員で揃ってミサに行く予定だが、その後、イワンだけはここから3日かけて歩いてフェニステレに行く。まだ旅は続くのだ。
去年は私とパキはサンティアゴからバスででかけた。それはそれは美しい海を見て歩き、巡礼中に着ていた服を燃やした。生まれ変わると言われているからだ。
私はイワンに、フェニステレで、服を一枚燃やしてもらう約束をした。そして悪いことを紙に書いて燃やすとそれが消えるというので、その紙も準備しておいた。パキも紙に何かを書いて用意している。
イサベルは前から聞いていた彼氏のパウが車で迎えにきて、一緒に旅をしながら残りの休暇を楽しみ、バルセロナまで帰るという。
ペドロは明日の飛行機でマヨルカ島へ帰る。
ペペは今夜の夜行列車でバレンシアまで帰る。
私とパキとミカさんは、昨日考えた結果、もう一泊Santiagoに滞在し、みんなから聞いてうらやましく思っていた、オウレンセの温泉に行くことにした。
これはパキの提案だった。最初はバルのハシゴにレオンに行こうとか、計画は考えられたが時間がない。それならば、通
り道であるオウレンセに戻り、温泉で癒してから帰ろうということになったのだ。すでにホテルも予約してあった。
三時間近くかけて、朝食を終え、ミサに出るためにカテドラルに向かう。
イワンと私はミサを間近かで見れるいいポジションを探す。
目の前でミサが始まった。
残念ながら、昨日到着した私たちは、読み上げる到着リストの中にはなかった。(昨日の6時のミサで言われたのかもしれなかった。)
ミサの中頃、最初からずっと私の両肩に乗せていたイワンの手がスッと離れた。
私は振り向かずにそのままいたが、彼は誰にも何も言わずにそのまま宿に戻ったのだった。
ミサが終わり、カテドラルの外に出ると、いつもの巡礼姿のイワンが待っていた。
さよならを言うためだった。
最後の最後に携帯電話のムービーを撮るため、何かひとことメッセージをお願いすると、
カメラを見て、たった一言・・・・・
『Buen Camino !』(良き巡礼を!)
あとは言葉にならず、くるりと背を向けて、二度とふりかえることはなかった。
おわり






Camino de Santiago via de la Plata 9
8/23(火)
Estacion de Lalin → Vedra(40km)
8/24(水) Vedra → 0 Santiago de Compostela (16km)
8/25(木) Santiago

