8月10日(水)
05:30 el Cubo de la Tierra del
vino → 18:30 Roales del pan ( 38,0H)
(Zamora通過 )
/Albergue 泊
5時半に出発する。
イアンたちはまだゆっくりしてから出るようだった。早朝なのに私たちを見て、クスクス笑っている。
今日はイサベル、ペドロ、ぺぺ、アントニオ、おじいちゃん、若い男の子、ミカさんと私。けっこうな団体になっていた。
みんなで揃って出発。
真っ暗い中、道はかなりボコボコしていて歩きにくかった。
しばらく行くと、雨が降ってきた。
雨が本格的になってきたので、一斉にみんなでリュックを置いて、雨支度をする。
明日は雨が降るかもしれないから、雨具をすぐに取り出せるようにしておいてねと、
昨日の夜からイサベルに言われていたおかげで、守備よくポンチョを取り出すことができた。
その時に気がついたのだが、リュックの中身が少ないような気がした。
若い男の子は、買ったばかりのポンチョを初めて着るようで、みんなに手伝ってもらって着ていた。
全員ポンチョ姿になり出発。
だんだん薄明るくなってきたので、私とミカさんはスピードを落とし、マイペースで進む。
雨の中、 一つ目の村に着いた時には朝まだ早かったので、開いていないのではないかと心配したが、一軒オープンしているバルがあった。
ここにみんなが揃っていた。
雨の中を歩くのは疲れるものである。 私たちはみんなが出て行った後もゆっくりしてからバルを出た。
バルを出る頃には雨も小降りになっていた。
ぬかるみの中に、先に歩いている仲間達の足跡を見つけ、苦労して歩いている様子がうかがえた。
ここから約20kmは村も町も、何もない地域を歩くことになったが、幸い涼しかったので、スムーズに進んだ。
Zamoraには2時に着いた。 ここも『銀の道』の要所の一つである。
川沿いに歩きながら、 Zamoraの街がどんどん姿を現してきた。
そして橋を渡って街の中へ。
この街の名前は知らなかったが、あらためてゆっくり訪れてもいい。静かでありながら、見どころの多い古い街だった。
本当はここが今日の目的地のはずだったが、その先まで来るように指令が出ていた。ここにはアルベルゲがないからだ。
なのでここでは街全体をながめ、広場のバルで軽食を食べてのんびりし、次の町に向かうことになった。
今日は合計38km歩くことになる。涼しいので助かったが、長丁場のつもりで望んだ。
ここからは車道を歩く。本当は道を間違えたのだが、この方が近道であり、ほかのみんなもこの道を通
ったと後で聞いた。
彼等は私達よりも、よく道を間違えたり、遠回りしていたようだった。
目的地Roales del pan に着いた時には6時を過ぎていた。
歩いていると、イサベルを見つけた。相変わらず電話中だった。
一緒に連れていってもらった先は、アルベルゲではなく、公民館だった。
ステージのような台が並べてあり、そのうえにマットを敷き、寝袋を出す。
今日は長い歩きだったので、柔らかいマットの上でゆっくり眠りたかったのに・・・。
おじいちゃんと、若者はZamoraに留まることになり、あとの4人が到着していた。
その後で珍しい巡礼者が来た。チェコから来た女性が二人。
昼から気になっていたことがあった。
朝ポンチョを出した時、リュックの中身が少ない気がしていた。 休憩の時に見ると、どうやら圧縮袋に入れて固くなっていたフリースの上着がないのだ。
ここで もう一度全部出して調べてみよう。 台の上に荷物を並べてみる。
ない!やっぱりない!
今のところはまだフリースは必要がなかったので、一度も着ていない。
しかしもうすぐ必要になるのは歴然としていた。
せめてガリシア地方に入る前に手にいれなければならない。 そのフリースは全く惜しいものではない。しかし、軽くて暖かい服をこんな暑い場所で購入するのは至難の業なのだ。
小さな町には洋品店すらない。
次の大きな町は、ずっと先、Santiagoから100km程度手前のオウレンセだとイサベルが言う。
寒がりの私にとって、これは重大事なのであった。いくら頑張っても手に入らないものだから困るのである。
いったいどこに置いてきたのか。毎日確認はしてていたので、おそらく昨日泊まったアルベルゲだろう。
ホアンペのためにベッドを動かした時、リュックが倒れた。その時しか考えられない。
どうして私はこんなに不注意なのだろう。ベッドの下をチェックするべきだった。
ほんの1%以下の望みとして、イワン&ホアンペが気が付いて持ってきてはくれまいか。
いや、ベッドの下に入っているだろうからそれはありえないことだった。
イサベルとアントニオで食事に行くことになった。あまりお腹がすいていなかったので、軽いものにしたかった。
ラザニアがあったので、ミカさんとサラダもとって、半分づつ食べることにした。これが意外とおいしかった。
食事をしながら、 アントニオは94年にフランス道を歩いたのだと聞いた。
その年だ、私が初めてSantiagoに行ったのは。
あのときは巡礼者の数はかなり少なかったはずだ。私が行った時には10名以下の巡礼者しか会わなかった。
その頃と今はたった10年しかたっていないのに、とても状況が違うと思う。
聞いてみたいことがたくさんあった。イサベルに通訳をしてもらい、
「その時(94年)のことを聞きたいんだけど、私は去年あの道を歩いた時に、とても不思議な感覚があったの。すべてのことが神様から守られているような・・・。歩いているだけで幸せな気分になるような・・・。そんな経験はした?」
「歩いている間は何も感じなかったな。でも、歩き終わった後に考え方や生き方が変わったな。」
イサベルは 私に向かって、
「私は去年、あなたと全く同じことを感じたわ。」
私の疑問は、この『銀の道』にもそんな神秘があるのだろうかということだったが、そのときはそこまで話は進まなかった。
アルベルゲに戻ると、さっきとは一変していた。
大変なことになっていた。
村の人々が集まって、ダンスのレッスンをしているではないか。
大きな音で音楽をかけ、一人のインストラクターの若い女性を手本に、子供から大人まで踊っている。
ペドロとアントニオも踊っている。ミカさんもちょこっと踊って戻ってきた。
11時までそれは続き、片づけが終わって静かになったのは12時だった。

























8月11日木)
05:30 Roales del pan → 16:00
Granja de Moreruela (33.3km)
/Albergue 泊
イサベル、ペドロ、ぺぺ、アントニオ、ミカさんと私で出発する。
たった一つ、私が今悩んでいることはフリース抜きでどうやってこれから寒さをしのぐかということだった。それを考えると暗くなった。
例によって夜明け前の暗いうちは、必死でみんなについて行く。これは本当に必死。足の長い彼等はゆっくり歩いているように見えて早い。
途中の町で偶然にも、いつか一日だけ会ったキ二ーの友人のルイスがいるではないか。予期せぬ
再会であった。ルイスはこれからバスに乗り、巡礼を終えるのだ。キ二ーは早朝から出かけたという。
「イサベルは一緒なの?」
そう聞かれて、きっとこの町のバルにいるかもしれないと言いながら、この町に宿泊していたルイスにバルに連れていってもらうと、イサベルはそこで休憩をしていた。
不思議だが、こういう偶然は、ここでは珍しいことではない。 みんなでルイスを見送ることができた。
地図によると川幅が広まって、湖のようになっているところがある。 ところが実際は水が干上がっている。
この広大な土地に道は、あるような、ないような・・・。
途中までは矢印を目安に行くが、地図と向き合って、近道をして湖の底だった地を歩いてみた。
そしてうまくまた矢印を発見するのであった。
こういう道は『銀の道』ならでは。おもしろい。
後で聞いたら、ほかのみんなはこの辺りで道を見失ってしまい、車道に出てしまったとか・・・。
そして水辺だから緑も多く、丘陵のようになっていて気持ちが良い。
古い城壁が崩れかかった形で残っている。
これだけでも観光客が来ていいような場所なのに、誰もいない。
今日のアルベルゲは今年できたものらしかった。
ここまでは、地元の若いお父さんが連れてきてくれた。
まだベッドにビニールのカバーがしてあるくらいきれいだった。
このあたりから、びっくりするほどアルベルゲの内容がぐっと良くなる。
ここに四人はすでに着いていたが、部屋には誰もいなかった。食事に行っているのだろう。
しばらくするとみんなも帰ってきた。 イワンもいる。久々に会って、またおもしろいことを言って笑わせてくれる。
そして部屋に入り、イワンは、
「 今日はHiromiにプレゼントがあるんだ。」
と言う。何だろうと思っていると、ビニール袋に入った私のフリースだった!
これにはとてもびっくりしたと同時に感激だった。
ありがとう!イワン!!
昨日の朝、アルベルゲで目覚めた時、二段ベッドからころげ落ちるようにして、たまたま目をやった先にこれがあったという。
奇跡のようだ。袋には日本語の説明文があったので、私のものだと思ったらしい。
いくらお金を積んでも手に入らないと思っていた品だけに、 天にも昇るような気持ちだった。
お礼にさっき買ったぶどうをあげた。
イサベルにこのことを話すと、もう知っていたらしく
「イワンはあなたの喜ぶ顔を見ればそれで充分なのよ」
と言い、続けて
「今日イワンが最初に『これを持ってきたよ!』と見せてくれた時、私はスーパーの鶏肉かと思っちゃった!」
圧縮袋で堅く丸められていて、色も似ていたためだろう。
ところでホアンペの姿がない。彼は足の故障のため、病院に行ったが、とうとうMadridに帰ってしまったのだという。
それでもイワンのテンションは、変わらなかった。
イワンはこの日からこのグループに完全なメンバーとして加わり、仲良し7人家族となっていくのであった。
パキにもう一度電話してみる。
すると・・・・・!とうとう通
じたのであった。
パキからも何度も電話をくれたらしかった。一時私の電話に電波が入らない時期があった。
そして、フェルナンドがパキに電話をしてきて、『私の携帯に電話をしているけれど、通
じない』と言ってきたそうだ。フェルナンドは、去年一緒に歩いた仲間で、アイルランドに行っていた。夏の数日間だけスペインに帰っていて、その時に電話をかけてくれていたらしかった。
それは残念!フェルナンドと話がしたかったのに。
そして私が今どこにいるのか聞く。ええとここの地名はなんだっけ・・・?
するとパキは、私につきあってこの旅に参加してくれるという。
まだわからないから、とりあえず今後の予定を教えてと言われた。
それならメールで送った方がいいだろう。後で知らせると言って電話を切った。
私はフェルナンドに何度も電話をかけた。今日は彼の誕生日だからだ。実家にいる可能性が高かった。しかし実際はもうアイルランドに戻ってしまった後だった。
パキにメールで連絡をするよりも、イサベルに電話でしゃべってもらった方が早いと思い付いた。
最後の10日くらいの予定をイサベルに電話で言ってもらう。イサベルは、パキとは面
識も当然ないが、親切にも私の携帯がつながらなければイサベルに連絡するように言ってくれていた。
パキは本当に来るのだろうか?
ミカさんとバルに行く。
目的地に着くと、食事の前にシャワーを浴びたい私たちは、しばしば昼食の時間を逃す。下手するとオリーブくらいしか食べられないことがある。
ここではやはり食事時間は過ぎていたが、ボカディージョを食べることが出来た。
ミカさんは赤ワイン、私は小さなグラスでビールを飲んでいると、そばにいた三人組のおじさんが、お代わりをおごってくれた。それを飲みきらないうちにまた別
のおじさんがおごってくれる。 おじさんの一人は今はフランスに住んでいて、今日は里帰りをしている。
さて、今日は少し緊張している。なにしろ明日はロンちゃんファミリーと会うからだ。
ロンちゃんファミリーは日本人の親子三人組。Santiagoから私とは逆に東にレンタカーで向かっている。少々南下もするらしい。日本を出る前から、ちょうど出会える時はないか調べてくれていた。
すでに二度ほど電話で連絡をとり、状況を説明していた。 この『ロンちゃんと会えるか?』といことは、とてもワクワク、ドキドキものなのであり、大きな行事なのであった。
電話では、適当に『二時に!タバラで!(明日の私たちの目的地)』と言ってしまった。
この3日間、35km,38km,33kmと歩いてきた私たちである。距離は26kmしかない。 ゆっくり歩いても12時には着くだろう。シャワーを浴びて、多少こぎれいにする時間もあるだろう。
しかしこの後、このアルベルゲは大変なことになってしまうのであった。
今日はお祭りである。他人事のように思っていたが、その祭りはこのアルベルゲの隣のスペースで行われるのだ。
大音量になるに決まっているから、寝れるはずがない。
イサベル、ペドロ、アントニオ、イワンはこの祭りに参加して踊りまくるらしい。
私も普段なら参加していたかもしれないが、明日はロンちゃんと会う大切な日、そんなことをして、寝不足では大変だ!とんでもない!!
しかもである! 彼らは明日は26kmだから、遅くまで寝て、起きた時に出発するなんて言っている!!!
彼らと朝の5時にスタートするからこそ12時に着くと思ったのに!!!!!
その上である! イサベルが言った。
「今夜はね、流星群が見られる特別な日なの。夜中にマットを持って見に行くのだけど一緒に行く?時間はわからないけれど、遅ければ遅いほどいいのよ。」
私はそれだけは見たかった。お祭りはまた出会える。でも流星群は今夜だけ。 何時でもいいから起こしてねと頼んでおいた。
みんなはお祭り気分で浮かれている。 部屋は二つに別れていて、大きな方の部屋は7人の仲間だけで占領されていた。となりの部屋は二段ベッドがひとつあるだけ。ここにはこの日初めて会ったおじさんが寝ていた。
私は少しでも寝ようと試みる。
12時を過ぎた頃から大音量はアルベルゲを揺らすくらいの振動となって、これで眠れる人がいるわけない・・・。
・・・ と思ったら、イビキをかいて寝ているペペがいた。うらやましい!
そしてもう一人いた!
ミカさんだった。
寝られなかったと言いつつ、二時間は寝たという。
ありえない!
なんていう人たちだ。
私はウトウトとさえしないまま、うつらうつらしていると、朝の3時にイサベルが枕元に来て、今から星を見に行くと言う。
マットを持ち、イワンが持ってきてくれたフリースを着て、ソックスも履いて暖かくして出かけた。
祭りは少しおさまったが、まだ踊り足りない若者たちがたくさん残っていた。
私たち7人は、町の灯りのない所まで歩く。
1km以上歩いたのではあるまいか。
途中で矢印もあったので、朝はここを通るのだと、覚えておくことにした。
やっと大音量も聞こえない、灯りもない場所までやってきた。
イサベルは私にこう囁いた。
「私のたった一つの願いは・・・、全員で無事にSantiagoに着くことだけなの。」
それを星に願うというのだった。 彼女はいつも私たち一人一人のことを考えてくれていた。先回りして考えて、何かあったら連絡してくれた。
しかし、この道では何が起こってもおかしくない。体の故障があれば、そこで脱落せざるを得ない。それを充分知っている彼女である。最後の最後までわからないと彼女はいつも言っていた。
マットを寄せ集めてみんなで同じ方向を見ながらゴロンと寝転ぶ。
とても寒くて、ミカさんが持っていたフリースのブランケットを貸してもらった。
寝転んだとたんに、どんどん星が飛ぶ。
「あっ!」
「なんてきれいなの!」
感嘆の声が星が流れるたびに漏れる。
長く尾を引くものもある。
おおきなため息が漏れる。
あちこちで星が流れるが、星が流れている最中にお願いなんてできない。
私は空を見ながら、お願いをし続けた。
後でわかったことだが、この夜私達が見たものは『ペルセウス座の流星群』であった。
さんざん星を見たあと、アルベルゲに着いたのはすでに5時過ぎだった。
いつもなら、起床の時間である。




























8月12日 (金)
06:30 Granja de Moreruela →
14:30 Tabara (26km)
/Albergue 泊
「顔を洗うとみんなを起こしちゃうし、めんどくさいから今日はこのままで出ちゃおう!」
それから30分ほど横になって、顔も洗わずに出発することにした。
ミカさんと、ごそごそ支度をする。
6時半にはアルベルゲを出た。
さっき星を見たあと、そのまま行っちゃえば良かったねという時間だった。
星を見た場所までは順調に歩く。
しかしこの日は運が悪いことに、一番難しい日だったのである。
なぜならば、ここからコースは大きく二つに別れるのであった。
一つはオウレンセを通る私には未開のコース。もう一つはこのまま北上してアストルガから、フランスの道に合流するコース。
最初に仲間に会ったころ、それぞれどちらにするかわからないと言っていた。私たちも同様だった。
しかし誰からともなく、全員がオウレンセコースを選んでいた。
みんなにとっても歩いたことがない道であり、アルベルゲをはじめとして、去年のフランス道のように、混んでいないからというのも大きな理由だった。
フランス道では、アストルガあたりからどんどん人が増えていくのである。
さて、矢印を見つけ歩いていく。
その時は道が二本に別れることをすっかり忘れていた。
しばらく歩いたあと、ミカさんが、ふと、この道でいいんだよね?と言い出した。
そうだ!ここから二本に別れるのだから、矢印の通りに行ったらアストルガに行ってしまいかねなかった。
本を出してみるが、二行しか触れていない。
『町を出て、北に行けばアストルガ、西に行けばオウレンセ。』
今まで矢印の通りに素直に歩くだけでよかったのに、大変なことになった。
磁石を取り出して見ると、道は真北を向いているではないか。 北を少しでもずれていたら、理由をつけてこのまま突き進んだかもしれない。
でも、 磁石は『真北』をさしているのだ。
このまま行きたい気持ちはあったが、引き返そうと私は言った。
さっき見た矢印はなんか曖昧だったと思わない?とミカさんに聞くと、そういえばおかしかったということになり、
スタスタと来た道を戻る。
今朝、星を見たあたりまで戻ってきた。
そして先ほどの怪しげな矢印をよく見ると、右がアストルガ、左がオウレンセと書いてあるではないか。
今は少し明るくなったので見えるのである。さっきは懐中電灯で照らしたのに見えなかった。アストルガ行きの矢印だけが書き直して濃い色で書いてあったため、そちらしか見えなかったのであろう。
これで助かった!
町まで戻らなければならないかと覚悟していたが、たいしたロスではない。 あのままアストルガに行ってしまったかと思うとぞっとする。
ロンちゃんに会えないばかりか、仲間たちとも永遠に会えなくなるところだった。
その後は順調に進み、楽勝だね!と喜んでいたのは、湖の橋を渡るまでだった。
橋を渡ると、道路沿いではない道なき道に矢印は方向を指していた。
そこからはサバイバルゲームだった。
リュックがない身軽な身ならまだしも、湖の淵をぬうように、崖っぷちに矢印は続いている。岩をよじ上ったり、橋のない小川を超えたり、湖の淵ぎりぎりを歩いて落ちそうになったり、木の下の狭い隙間を通
り抜けなければならなかったり、小さな登りと下りを繰り返し、進んで行くが、最終的には急な、道なき道をどんどん登ることになる。
26kmという設定がわかったような気がした。
短いと思っても油断できない。『銀の道』は甘くはないのだ。とことん厳しい。
しかし、それと同時に、私たち『銀の道』を歩く者にとって、どんどん愛着の持てる道となり、ここを歩くことが誇りとなり、歩いたものだけが味わえる充実感や仲間との連帯感を感じることができるのであった。
さて、この短距離に思いのほか時間がかかってしまった。
ここからは少しだけオリーブの木陰で休んだだけで、すぐに歩き出した。
ここからは平らだった。
あと7kmで目的地までという小さな村のバルでジュースを飲み、広場で休んでいると、やさしそうなおばさんが車から降りてきた。
とても上品な奥様という感じ。 この広場に面する家の住人だった。
私たちにもぎたての梨を一抱えほどくれる。車からもたくさんの梨が出てきた。そしてまた一抱え追加してくれた。
まだ少し固かったが、その場で少し食べてみるとおいしかった。
さあ、もう時間がない。さっきから何度もロンちゃんに電話をしているが、つながらなかったり、留守電になっていたりする。
とりあえず遅れるかもしれないとメッセージを入れておいた。
そこからの7kmは必死だった。
ちょうど村に着いたのが2時。 ミカさんも来たが、まだ道の向こう側にいた。
私はとりあえずアルベルゲの場所を聞こうとそばに居た人に聞いていた。
だいたいの方向はわかったので、ミカさんの方にもう一度目をやった時、ス〜ッと一台の車が目の前に止まった。
なんと、ロンちゃんファミリーだった!
あまりの偶然に、ロンちゃんたちは私が待っていたと思ったかもしれなかったが、たまたまそこに立っていただけなのである。
とても劇的な再会であった。
ロンちゃんファミリーは次々と車から飛ぶように出てきてくれた。
みんな元気そう!
あっ、やばい!私は朝から顔を洗っていないわ、パジャマのままで歩いてしまったわ、汗でドロドロだわで、恥ずかしい。
ミカさんもやってきて、車を駐車し、一緒にアルベルゲまで来てくれるという。
思ったよりおおきな町だった。
バルもたくさんありそうだ。
アルベルゲへの道を聞いていたら、通りがかりのおじさんが、連れていってくれると言う。
おじさんについていったが、ここのアルベルゲは町外れであった。
あれ?どこのおじさんかと思ったら、きのうのアルベルゲで初めて会ったおじさんではないか。
夕べは洗面所で言葉を交わしていたのに、今日は帽子を被っていたせいか、気が付かなかった。
ロンちゃんファミリーは、キッチンで待っていてくれた。
そのあいだ、急いでシャワーを浴びさせてもらった。
ロンちゃんだって旅人だから、貴重な時間なはずである。
ミカさんがロンちゃんたちにさっきもらった梨をあげた。するとそれをロンちゃんの奥さんのY子さんが皮をむいて持ってきてくれた。
皮をむいた梨を食べるのは久しぶりだった。
それはやはり味が違う。おいしい!ロンちゃんは幸せ者だと思った。
支度も整い、バルにくり出す。
アルベルゲを出ると、いつになく疲れきっている5人がやってきた。イサベルたちだ。
彼らも寝不足なのだろう。そしてこの暑さ。
せっかく北部に近付いてきたというのに、少し前からアフリカから熱波がきて、例年より暑いのだと言う。ロンちゃんも電話でそう言っていたっけ。
もうしばらくは熱波が続くようだった。
ロンちゃんの小学生の娘さんは、スペインの娘さんのようにかっこいい!
Y子さんは、超がつく美人なのだ。ロンちゃんも若々しい!
ビールで乾杯!
おいしい生ハムのボカディージョもいただいた。ロンちゃんがおごってくれると言う。うれしいなぁ〜!
これまでの話をお互いにしたり、ロンちゃんの家とミカさんの家が近かったりで、話が弾む。
ロンちゃんの奥さんのY子さんはとってもおもしろいし、お話が上手。ロンちゃんの熱血ぶりを知ってはいるが、スケジュールの立て方、下調べの熱心さを見て、私とミカさんは、
「ロンちゃんて仕事も出来るタイプだよね・・・」
というと、Y子さんは、
「いえいえ・・・」
と手を振っている。 すかさずロンちゃんは、
「それはお前が言うトコじゃないだろ!」
と突っ込みを入れる。漫才を見ているようだった。
三人は本当に素敵なファミリーで、私とミカさんに、爽やかな風を残してくれた。
果物を買ってアルベルゲに戻った。
三々五々、みんな好き勝手をしている。
イワンがベッドでゴロゴロしていたので、
「ねぇ、イワンは何歳なの?」
とスペイン語で聞いてみた。ちょっとスペイン語を使ってみたかっただけであった。
「26歳。Hiromiは?」
ヤバっ!すっとぼけるしかないので、10歳と言っておいた。日本は西暦じゃなくて、一年が500日あるのよ・・・とかわけのわからないことを言ってお茶を濁そうとしたが、しつこく聞いてくる。
そこへシャワーから戻ったイサベルにイワンが私のことを言いつけている。
するとイサベルはイワンをさとすように
「女性に歳を聞いちゃだめよ。」
「だって向こうから先に聞いてきたんだよ!」
イサベルは今度は私に向かって
「それは・・・」
と言って私の顔を見てニヤリとする。
その頃ミカさんは、すやすやと眠りにつく。
私は外にマットを出してストレッチやマッサージをする。
そばには椅子をだして、ご飯を食べているアントニオとぺぺがいた。
アントニオは桃を一つくれた。 私が買ったことのない種類のものだった。
色は日本の白桃と似ているが、形は小振りで、桃を上から押しつぶし、芯の部分はさらに短い、変な形の桃なのだ。できそこないの桃と言ったら分かりやすいだろうか。
それを食べてみたら、白桃にやはり似ていておいしいではないか。
私の果物コレクションの中に入れ、それ以来お気に入りとなったのであった。
このアルベルゲには、私たち以外には歩く巡礼者は、昨日一緒だった『おじさん』ひとりだけ、後の数人は自転車の人だった。

これをよ〜く見て下さい!上ふたつの矢印は右を、良く見ると、
『AS』と書いてあ るのですが、下の見にくい矢印は左を指し、
『ORE』と書いてあったのです。






橋を渡ると、突然道は豹変し・・・




















8月13日(土)
07:00 Tabara → 15:30 Santa
Marta de Tera (23km)
/Albergue 泊
急いで支度をしている私たちを尻目に『おじさん』は優雅にコーヒーを沸かしている。
キッチンにはガスがあるが、自分が持ってきた燃料を使い、湯を沸かしていたのだ。
『おじさん』は、もの静かだが、行動や仕草がおもしろいので、私は密かに観察し、話しかけてみたりした。
そのおじさんとはそれ以来会うことはなかった。
いつもに戻って7人で出発。
薄明るくなって、みんなに先に行ってもらう時になっても、イワンはずっと私たちと一緒に歩いている。
「今日はミカ Y(and) Hiromiと歩くんだ。」
今日の予定は23km。の〜んびり楽しんで歩ける数少ない日だった。
イワンの杖は合気道のもの。持ってみるとみかけよりずっと重い。
これを使って、時には武士になり、時には忍者になり私たちを守ってくれる。 行く先々で怪しい者はいないか、一人で腰をかがめてあたりをうかがっている。
退屈させない。単なるお調子ものかと思うと、とても真面目な面があり、自分の意見をしっかり持っている。
私の名前を相変わらず『Hiroshi』と呼ぶことがある。 それじゃあコメディアンじゃないの!
イワンに、それは男の名前なのだと説明した。
スペイン(西洋の)の名前も同じように、語尾の母音を変えると男女の名前になる。
たいてい女の人の名は最後がAになる。
「だから僕はイワンじゃなくてイワナって呼んでいいよ。ミカはミコだね。」
なるほど、すごい誤魔化しかただと感心した。
少し歩き出すと、まだ薄暗く寒いのに、リュックを背負い、歩きながらTシャツを脱ぎはじめる。
暑いらしい。
そして、リュックにくっついている携帯電話入れがカラなことに気が付き、急に心配になったらしく、私に言う番号の通
り電話してみてと言う。 音を鳴らして確認するためだ。
リュックのフタのあたりから携帯が鳴った。
こうしていつものパンツ一枚姿になり、準備が完了した。
この日まで、彼のことは単に楽しい明るい、もしかしたらそれだけのお兄さんかと思っていたのだが、こうして一緒に歩きはじめて彼の人間性の良さが、どんどん見えてきたのだった。
「学校の先生になりたいって言っていたけど、何歳くらいの子供を教えたいの?小学生?」
「もう少し大きい子。僕は子供たちにモラルを教えたいんだ。」
一見モラルも何もないように見える彼は、本当は一本筋の通った人間としての常識を持った人だった。
サッカーの話をしていると
「僕は本当はサッカーは好きじゃないんだ。スポーツとしては好きだよ。いいと思う。だけど今のサッカーチームは、政治的であり、ゆがんだ愛国心に繋がると思う。」
「ふ〜ん、じゃあ闘牛は?」
「あれは・・・スペインのプリミティブな部分だと思う・・・。」
「今日はしばらく一緒に歩きたいから、あなたたちが休憩したい時は言って。僕も一緒に休むから。」
こうして二時間以上経ったので、おおきな木陰で休憩することにした。
私とミカさんは休憩の時、マットを広げ靴もソックスも脱いでくつろぐ。 彼も全く同じことをする。これは私たちを見て真似たのではなく、彼もこのスタイルらしかった。
靴を見ると、片方の紐が変だ。細い凧糸のような頼りない紐じゃないか。 靴の紐の締め方は重要なポイントなのに。それでもこれで充分なのだと言う。
ここで 軽い朝食タイムになった。
私は果物を食べていた。食料も重いから非常用のお菓子を少ししか持ち歩かない。
イワンはリュックからパンを取り出す。続いてトマト、塩、ガラス瓶入りのオリーブオイル。
それらを使って、パン・コン・トマテを作ってくれた。
オリーブオイルは下にボタボタこぼれるほどいっぱいかける。 チョリソーも切って分けてくれた。
カメラを向けると急に、オリーブオイルのコマーシャルを演じはじめた。おもしろそうなので最初からやってもらい、デジカメのムービーで録画。
「オラ!これがスペイン産のオリーブオイル。これをトマトを乗せたパンにとろ〜りとかける。それがペリグリーノ(巡礼者)のご馳走。チョリソーもあるよ。これはとてもとてもおいしい!歩く時のパワーになるんだ!・・・」
そして赤いナイフについて説明してくれた。
「これはね、キ二ーの友達のルイスからもらったものなの。僕はナイフをCaparraで落としてしまったんだ。その後に来たルイスが偶然に僕のナイフを拾って後で使っているのを見て、びっくりして、僕が落としたことを知ると、返すと言ったので、僕からプレゼントしたんだ。そうしたら、ルイスが代わりにこの赤いナイフをくれたの。」
イワンは、この赤いナイフが、ルイスとの友情の証のように大切にしていた。
そんなことをしているうちに、気が付いたら、日陰だったイワンがいた場所がすっかり太陽に照らされていた。
あわてて出発。 道中ずっと漫才のよう。
私が言うことにも大笑いしている。
今度はスペインの歌を教えてくれると言う。
a mi me gusta el pipiripi
de la bota del pararapaa
con el pipiripi con el parapara
a quien no le guste el vino es un animal es un animal
少し疲れて静かになったころ、小さな村のバルで休憩することにした。
飲み物とスナックをつまみながらふとイワンの足下をみると、さっさと裸足で歩いている。同じ人種で良かった。
小さなスケッチブックにさっきの歌の詩を書いてもらうと、自分が歩いている絵まで描いてくれ、スペイン巡礼中にユースフルな単語もイラスト入りで書いてくれた。
あとまだ8.5km。
「ここからなら僕は二時間かからない。先に行って待ってるね。」
足の長い彼にとって、ゆっくり歩くのもかえって疲れるのだと思う。
バルを出ると少しして、
「じゃあ、何か困ったことがあったら電話して、チャオ!」
そうして彼のペースに戻り、スタスタとどんどん進んで小さくなってきた頃、
「あれ?今矢印があったよ!」
直進ではなく右に向かった矢印が見えたのである。 ミカさんも一緒に数歩戻り矢印を確認してみる。
「これ右だよねぇ?」
でも自信がなかったので、しばらく右に行ってみる。するとまた矢印があるではないか。
完全にイワンは間違った方向に進んでいる。
朝、携帯に電話した時の発信履歴が残っているので、その番号に電話した。
元気よく電話に出るイワンに
「まっすぐ行っちゃだめ!右に行くの!山の方!!」
知っているスペイン語を総動員して力説する。
すぐにわかってくれて、電話の向こうで大笑いしている。
自分でミスに気が付いて、大受けしているようだった。
「わかった、わかった、ありがとう!」
何か困ったことがあったら電話して!なんて気取って行っちゃったくせに・・・・・!
30分もしないうちにイワンが後ろから来た。
手にはオレンジを持ってそれをむきながら。
そしてその半分をくれた。電話のお礼のつもりらしい。
イワンは私たちとペースを合わせ、再びゆっくり歩いている。
何かあったら電話するから先に行っていいよと言うと
「今日は最後まで二人と歩くことにしたんだ。」
5kmくらい歩いたところに水路があった。
水はきれいだ。 私は足をつけたかった。
歩いていると足に熱を持つので、足を冷やすことが一番のリフレッシュ法なのだ。
そうでなくても、私は水が大好きなのだ。
ここで休みたいと言い、裾をまくって足を水につけようとすると、イワンはこの杖をここで持っててと言い、上流の方に進んでいった。
そして流れの速い水路に飛び込んだ。
泳ぎ流れて杖につかまろうということだった。
水路の流れはとても早いので、あっという間に流れてきた。
杖にはつかまらず、自力で這い上がろうとするが、流れのせいでかなり難しいようだった。
水は凍り付くように冷たく、足をひたしていると感覚が麻痺してしまいそうだった。
イワンは合計三回飛び込んだ。 パンツ一枚、しかも水着のようなパンツなので、いつでも泳げる体制にあるのだ。
なんて自由な人なのだろう。
イワンがこう提案してきた。
「今日は三人でディナーを食べよう!お祝いだ!・・・・ホワンペのために!」
最後の『ホアンペのために!』は、付け足した感じだった。
目的地の村の一つ手前の村で、イサベル、ペドロ、ペペ、アントニオがうろうろしているのが、遠くから見えた。
彼らはすでにアルベルゲに行ったのだが、村には食事ができるバルやレストランがないので、この村まで探しにきたという。
二つの村の間はわずか1kmであった。 私たち三人は、先にアルベルゲに行くことにして別
れた。 イワンがこう提案した。
「今日はお店で食材を買ってパスタを作って食べようよ!」
おお、それいい!
「でもアルベルゲにキッチンはあるのかな?」
と私
「きっとあるよ」
まもなくアルベルゲに到着。 こぎれいなものだった。
しかしどこを探してもキッチンはなかった・・・。 イサベルからイワンに電話がはいる。
「この村にもレストランはないの。だから今から買い物をして、今日はサラダとか作るから、そこにあるポテトチップとコーラを飲んで待っていて!」
シャワーを浴びて洗濯をしたあと、喉も乾いていて、お腹もすいていたので、近くのバルに行く。
私たちはいつものビール。イワンはビールをサイダーで割ったクララ。 お酒は強くないと言う。
ニ杯目も飲み終わったころ、ペドロが迎えにきた。
アルベルゲに戻るとテーブルの上にはサラダがたっぷり作られており、ハムやチョリソー、飲み物もたくさんあった。
とても豪華に見えた。全員揃って食べるのはおいしい。
サラダには豆が入っている。 紙皿もナフキンもプラスチックのナイフやフォーク、デザートにはメロン。
すべて揃っていた。
食後はすぐ目の前の教会へ行った。
Santa Marta de Teraのこの教会は私たち巡礼者にとってスペシャルなものだった。
古いサンティアゴ像があるからだ。
ロマネスクの小さい教会は、庭も外観も内部も美しかった。
イワンは聖水をおでこにつけてくれた。
小さい窓、分厚い壁。典型的なロマネスクの美しい教会。
裏庭に回ると、とそこにサンティアゴ像があった。
無事に全員がSantiagoまで着きますように!
他のみんなも来て、ペドロがミサをはじめる。 聖書を読みながら、一つ一つ言葉についてみんなに質問をする。
それにつきあって、イサベルたちは大真面目に答えている。
そこへ教会の世話をしているおばさんが現れ、巡礼の歌を教えてくれた。 寂しい響きの曲だった。
これをペドロはいたく気に入り、歌詞を手に入れ、後までずっとずっと歌い続けた。
外に出ると、クローバーがいっぱいある。
イワンが四葉のクローバーを探そうよ!と言い出した。 私もミカさんも足下にしゃがみこんだ。
すぐにミカさんがみつけた。次にイワンも見つけた。私はなかなかみつけられないので、イワンは自分がみつけたものをくれた。
そのうちに他のみんなも集まってきて、全員で四葉のクローバーを探しはじめた。
ぺぺはとても真剣に探し、3つもみつけた。ミカさんもイワンもまたみつけて、全員分の7つがみつかった。
イサベルも相当真剣な顔で探しているがみつからない。私はこういうのを見つけるのが苦手だった。
やっとあきらめて今度は散歩に行く。
みんなそれぞれに歌を歌っている。
イサベルは先頭に立って歩きながら、いつものように携帯電話で誰かと話している。
フランスの道では人が多いから、毎日会う人(歩くペースが同じ人)の中から気の合う人たちがグループになる。
でもここではこの人数しかいないのだ。
より好みもできない。この中で助け合っていかなければならない。
たまたま出会ったかのように見えるこのグループは、もしかしたら『必然』だったのかもしれない。
誰もがとても重要で、個性的で一人欠けたら寂しくて、家族のような関係になっていた。
イワンのような自由でくったくのない人と、ペドロのような気取り屋の大人は合わないかもしれないと思っていたら、ものすごく仲良くやっている。
イワンはちゃんと大人と話せる人だし、大人たちも外見や行動で人を判断しない。
電話をしているイサベルは、どんどん進んでしまう。どこまで行く気なのか。
もう町の終わりまで来てしまった。
ちょうどそこに車の標識があり、『STOP』と書いてあったので、みんなで
「イサベル、STOP !」
と叫んで、やっとアルベルゲまで戻った。
寝るまでの短い時間、私たちはそれぞれ好き勝手なことをした。
私はipodを聴きながら歌いまくり、ミカさんと大笑い。
私たちの他には誰もいない。
こうして楽しい一日は終わった。


夕べはこの町でもお祭りだったらしく、朝はまだゴキゲンの若者たちがいた


























Camino de Santiago via de la Plata 6
8/10(水)
el Cubo de la Tierra del vino →( Zamora通過 )Roales del pan ( 38,0H)
8/11(木) Roales del pan → Granja de Moreruela (33.3km)
8/12(金) Granja de Moreruela → Tabara (26km)
8/13(土) Tabara → Santa Marta de Tera (23km)

