8月14日(日)
05:45 Santa Marta de Tera →
18:30 Mombuey (36 km)
/ Albergue 泊
今日は36km。
張り切ってみんなに必死でくっついていく。
イサベルも身長170cm、それでも男の人たちと歩くとハンデがあるという。
「途中から小走りにならないと、追いつかないのよ。」
みんな何度目かのCaminoだから、健脚そのものである。
湖の周りをしばらく歩いた。
『銀の道』では、湖のまわりを歩くことが多かった。ここは、これまでの湖よりも穏やかで、まわりに険しい山もないので、水が身近かにある。
この辺りで休憩としようと思っていたところに、海水浴客の一行がいた。 もちろん私たちの仲間だった。
四人の男たちは湖に入りはしゃいでいる。
私たちは足を水に浸した。小さな魚が泳いでいた。
途中の村で民族衣装をつけている女性がいたので、写 真を撮らせてもらう。 彼女はバルセロナで働いているが、今日は祭りのために里帰りしているということだった。 バルも店もないこの村で、水がなくなってきたので、彼女の家に行き、水をもらって出発した。
今日の目的地、Mombueyは手ごろな大きさの村だった。
アルベルゲは小さく、ベッド4つ、あとはその間にマットレスが4つあった。
仲間の5人は到着している様子だが、ここには誰もいない。自転車は三台置いてある。
一つだけ何もおいていないマットレスがあった。 その隣にはイサベルの寝袋が広げてある。
ペドロ、ぺぺはベッドに、別
のところの一番ボロいマットレスにはイワンの荷物、その隣にはアントニオ。あと二つのベッドのしたに荷物のようなもの。
ということは私たちを入れると10人。ベッドは8つ。
ミカさんと私は、これをどう解釈したらいいものか考えていた。
今夜、 私達にベッドはあるのだろうか?!
シャワーを浴びたあと、イサベルだけが帰ってきた。
彼女たちが、ここに着いた時、すでに三人の自転車男たちがいたそうだ。それで三人にお願いして、一つだけダブルベッドがあったので、ダブルとシングルに三人におさまってもらって、今夜はイサベルと私たちは、二つのマットレスに三人で寝ようという。平等になるようにマットレスの方向を変えればいいと、提案してくれた。
それで全く問題はない。ほんとうに優しい人だと思った。
今みんなは公園で、エンパナーダ(パイの中に具材がはいったガリシアの名物)を食べているから、あなた達も行ってらっしゃいと言われたが、疲れたのでごろごろしていると、他のみんなも帰ってきた。
ここにいても暑くて仕方がないのでエンパナーダを抱え、外で食べることにした。
中身はチョリソー、ツナ、肉、デザートのケーキ。全部同じ大きさのA3サイズ。
これらを抱えて教会前のベンチに行く。
そこにはイワンがマットを敷いて寝ていた。もちろんパンツ一枚で。
寝る邪魔をしたら悪いので移動しようとしたら、
「しゃべっていても全然平気だからここで食べなよ。」
エンパナーダは半分近く減っていたが、まだまだ大量に残っていた。
すべてを味見したら、相当な量を食べてしまった。
今日はこの教会でお祭りがあるという。
村人たちがお花をお供えする儀式があるのだ。 そして今回はアルベルゲのすぐそばではないが、例の大音響のパーティーもあるという。
私はもう今日は徹底的に参加しようと決めていた。
アルベルゲに一旦もどり、今の時間だけ店が開いているという情報が入ったので、果
物を買いにすぐそばの店へ行く途中、村の人々がそれぞれに花を手に持って一斉に教会の方へ集まってきた。
ミカさんは今日はもう寝たいといってアルベルゲに戻った。
教会の前に行ってみると、みんながいた。
そしてイワンと二人で教会に入った。 イワンはおでこに聖水を十字に切ってつけてくれる。
人々はお花を手に持ち立っていた。私たちは邪魔にならないように隅に座り、イワンは目の前のロマネスクの像について説明してくれた。
「このひだを見てごらん。ほら、あっちにあるのと同じでしょう。これがこの時代の特徴なんだよ。」
そしてミサが始まる。短いものだった。人々は祭壇に向かって歩き、花をたむける。
色とりどりの花が集まって、きれいな儀式だった。
外に出るとみんなも揃っていた。
これから祭りに参加するイサベル、ペドロ、イワン、私以外はアルベルゲに戻っていった。
私たちはお祭りに行く前に、バルに行って祭りが盛り上がる時間までを過ごすことにした。
バルにはサッカーゲーム機があって、ニ対二でプレイがはじまった。
私は、こういうものはやたらコーフンするのだが、とても下手なのだ。 最初はペドロと組んでボロ負け。二度目はイワンと組んで、こちらのチームが一点でも点を入れれば、まるでワールドカップで優勝したかのように抱き合い、小躍り、大変な騒ぎ。結局また負けてしまった。
ビールをイサベルが買ってきてくれる。ペドロは酒類を飲まないので、コーラ。
三人は、私に
「ようこそ、私たちのパーティへ!」
と言って、とても喜んでくれる。
紙ナフキンで鶴を折りはじめると、みんなもやりたいと言い出し、私を手本にして折っているのだが、ペドロだけは一生懸命やっているのになかなかできない。学ぼうとする気持ちは伝わるのだが。
最後にやっとできたペドロの鶴は、イサベルとイワンも大笑いするほどの変てこなものだった。
今度はイサベルの提案で、膝たたきゲームが始まる。
隣の人の膝に手を置き、順番にある一定のルールでそれを回していく。これがまたペドロがやたらドンクサク間違える。お酒を飲んでいないはずなのに・・・。
何をやってもおかしい。
次は私の提案で、『あっちむいてホイ!』これも大受け。みんなで『あっちむいてホイ!』と言っている。
何杯かビールを飲んで3時ころにやっとパーティ会場に向かうことになった。
熱気で暑いだろうと予測していたので、上着を持ってこなかった私にイワンは暖かいフリースのジャケットを貸してくれた。悪いので断ると、10分交代にしようという。10分経って返そうとしたが、そのまま貸してくれた。それを見て、イサベルが彼女のフリースを脱いでイワンに貸そうとするが、また断っていた。
みんな優しい。
今日の祭りは豪華だった。ライブだったから。
私たちが行った時、ちょうどバンドが代わるところだった。
大きなカップに入ったビールを回し飲みし、四人は肩を組んで丸くなり、中央に集まり顔を痛いほどぶつけあう。
そして友情を確かめあう。変な儀式だった。
音楽が始まると、ペドロが乗ってきた。
みんなで軽く動きはじめる。そのうちイワンに誘われ踊りまくる。
イワンはこれ以上幸せな顔はないだろうというくらい、楽しそうな顔をしている、満面
の笑み。
それをキープしたまま踊るので、私もそれにつきあい顔がツッテしまいそうだった。
でも、こんな幸せそうな顔をみることってあまりない。日本人は、こんな顔を人に見せるだろうか?
こちらまで幸せが飛んできそうな笑顔だった。
4時半までそれは続き、そろそろバルに戻ろうということになった。
今日はこれからバルでホットチョコレートを飲み、5時にみんなを起こして出発するのだという。
私が驚いているとイサベルは
「私も一睡もしないで歩くのは初めてなのよ。だからとっても怖いの。力になれるかわからないけれど、いつもは歩いているあいだにオフにする携帯を、オンにしておくから何かあったら電話して。」
私は
「たぶんだいじょうぶ。それに私には秘密の『薬』があるし・・・。」
ここでイワンの目が輝いた。



























8月15日(月)
05:30 Mombuey → 15:30 Puebla
de Sanabria (33km)
/ Albergue 泊
一睡もせずに歩きはじめた。 今日は33km。短くはない。
そうそう、フランスの道との大きな違いはこの睡眠時間だった。
門限がほとんどないこの道。消灯時間も就寝時間もない。
好きな時間に出入りできるから、健康的なフランスの道とは違って、夜は遅い、朝は早いという短い睡眠時間のなかで、昼間は過酷な歩きを強いられるのだった。
それでもすべてが自由なのだから、私には相が合っている。
今日寝られなければ、明日寝ればいいや。
真っ暗い中、私は必死に歩く。ここでいいポジションにいないと、後が大変だからだ。
しばらく行くと、そこにミカさんがいないことに気が付いた。
いつもは気にしているのだが、今日は彼女はたっぷり寝ているはずだったので、自分のことで精いっぱいだった。
ペドロがミカさんのことをチェックしてくれると思っていたのに、一番あとから来たペドロの後ろにミカさんがいなかったのである。
そこへミカさんから電話。
遅れて一人になってしまったけど、真っすぐ行っていいの?と聞く。
「あ〜、ごめん!ごめん!待っているからそのまま来て!」
みんなでミカさんを待つ。
自分のことばかり考えているとこういうことになる。気をつけなければと思った。
ミカさんは夕べは寝たものの、隣の自転車のおじさんたちは、寝袋の代わりにレストランで使う紙のテーブルクロスをベッドにたくさん敷いていたため、音が煩かったり、おじさんの足が目の前にぶらさがってきたり、あまりよく眠れなかったと言う。
今日は疲れていたので、静かなところで休みたい。
村を出てしばらく歩いて小さな森をみつけた。 ここでマットを敷いてのんびりしよう。
すると先に行ったはずの皆が通りがかる。
イサベルが
「この手前の村にはバルがないから、コーヒーが飲めなくて困っていのだけど、村の人が家に招待してくれて、ゆっくりおしゃべりをしていたのよ。あとから日本人が来るから、そのときもコーヒーを入れてあげてねと言っておいたんだけど・・・。」
そして皆ニコニコしながら通り過ぎていった。
私たちがこうやって休憩をしながら歩いていることは、彼らもよく知っていた。
彼らは最低限しか休憩をしない。
イサベルがこう言ったことがある。
「私は最初、強いキ二ーについていきたいと思ったわ。でも彼はただSantiagoだけを目指して歩くの。そこに咲いている花も見ないで、村の人とも話をしないで。あなたたちやイワンのように、歩きながら、きれいな景色の場所に座って休んで空気を味わうことはいい事だと思えてきたの。」
その頃からイサベルはイワンの影響もあり、どんどん変わっていった。
今日の最後の歩きのあいだ、ミカさんは花を摘みだした。
今夜、故郷バスク地方のビトリアに帰ってしまうアントニオのためだった。
Puebla de Sanabriaの町は遠くからみてもすごかった。
とても高い丘の上にあったから。
そして城壁に囲まれた中世の町だった。
町は観光客で溢れていた。ここでは今日、大きなお祭りがあるためだった。
その名も『中世祭り』。
アルベルゲは町の中心にあったが、この町の中心に行くのは至難の業。急な階段を上るか、坂道を延々と歩くか、どちらを選んでもきつい。
また、 道を聞こうとしても、観光客ばかりで、地元の人が、なかなかいないのである。
今日は、屋台を運営する地元の人は、それぞれ中世の衣装をまとっている。
その人たちに聞きながら、町の中心の広場にきた。
広場には屋台がたくさん並んでいたが、まだ準備中だったので、 大きな肉を焼きはじめたところだった。
そこでまた中世の人や、おじいちゃん、おばあちゃんに道を聞く。
アルベルゲが、なかなかみつからなかったのは、看板がなかったから。
ここは学校を改造したようで、広々していて清潔で明るい。管理人のおばさんは、誰もいない大きな部屋を案内した。
先に着いていたイサベルが来て、彼女たちと同じ部屋にしてもらうように頼んでくれたが、なぜか私とミカさんは、この部屋にするように言われた。
実際ガラガラだったので、今夜は二人だけで8人部屋を、使うことになった。
イサベルは、今パスタを作っているから、シャワーを浴びたら来るようにと言ってくれた。
さっぱりとしてキッチンに降りていくと、みんなはもう食べ終わって片づけはじめていた。
ちょうど私たちのパスタが茹であがったところだった。
いつも食事の世話までしてもらって申し訳ない。
こんど機会があったら私たちが作ることにしよう。
パスタにチーズをたっぷりとふりかける。おいしい。
ビールもあるし、メロンも食べてお腹がいっぱいになった。
今日は昼のうちに、少し寝ることにしよう。
ベッドに戻り、少し眠る。 みんなはその間外に出ていった。私は手だけ振って見送った。
ミカさんも起きてきたので外に出てみることにした。
さっきまで閉まっていた屋台があいて、とても楽しい雰囲気だ。
手作りのものばかりを売る屋台が並んでいる。食料もあればクラフト製品もある。
その人たちも必ず衣装を身に付けていた。
花火もあがっている。
食べ物の屋台も多い。 さっきの肉も焼けてきた。
なんて素敵なのだろう。 私たちは皮の財布やガラスのアクセサリーなど荷物にならないものを買う。巡礼中でなければ陶器にも手を出していたはずだ。
広場から道へ移動し、また丘の上に戻ると、今日歩いてきた、下方の景色が見渡せて、きれいだった。
丘の上のバルに行くと、イワン以外の全員が、ビールを飲んでいるではないか。
私たちも混ぜてもらってビールを飲む。
あら?絶対に飲まなかったペドロも今日は小瓶を飲んでいるではないか!
アントニオは今夜1時のバスに乗るという。
そのせいか、みんな感慨深げだった。
アントニオに今の気分はどんな感じか聞いてみると
「残念だ。」
本当に寂しそうな顔だった。
「ミカ&Hiromiと一緒に歩けてうれしかった・・・私たちはもう家族同然だよ。」
まさにいつも私たちが言っていたことだった。
私たちこそ感謝でいっぱいだった。
そして家族と思っていたのも同じだ。
ここで私たちが考えた家族構成を発表する。
ママ=イサベル
パパ=ペドロ(ママの再婚相手で血は繋がっていない)
やさしいお兄ちゃん=アントニオ
やんちゃな弟=イワン
やさしいおじさん=ペペ
実際イワンは時々イサベルのことをお母さんと呼んでいたし、みんな彼女をとても信頼していた。
スペイン語でおじさんはティオ、つまりぺぺおじさんはティオ・ペペ。シェリー酒の名前だった。
みんな笑いながら、でも頷きながら聞いている。
イサベルは
「わたしたちはね、あなたたちと別れて歩いているとき、この道は間違えないかしら?ここはちゃんと歩けるかしら?って、いつも皆で言っているのよ。」
ペドロもぺぺもうんうんと頷く。
アントニオは目立たない存在だったが、温厚で、誰かが歌えば一緒に歌い、誰かが踊り出せばつき合って踊り出す。そんな人だった。
サラマンカから8日間の短いつきあいだったが、なくてはならないファミリーの一員だった。
サラマンカを出る朝、みんなに小さな果物を配ってくれた。すももの小さい実だった。
その次の日は朝は飴を配ってくれた。
何も言わないアントニオだけど、彼がいたからこそ温和で平和なファミリーだったのだ。
話はその後、Santiagoに全員で無事に着きたいという話におよんだ。
いよいよ全員にSantiagoが視界に入ってきたのだった。
夢ではなくなってきたのだった。
私はイサベルに初めて会った日のこと、その日に一番気持ちが弱っていたこと、不安、あきらめかけた夢、そしてイサベルに会ったことによって、それが180度変わったことなど、今まで話していなかったことを全て語った。
こんなに心のうちをお互いに語り合ったことはなかった。
とてもいい時間だった。
もう一杯づつビールを飲んだ。
最後の一杯はペペのおごりだった。
寒くなったので一度アルベルゲに戻り、暖かくしてまた町に出ようということになった。
イワンは先に戻っていて、今度はみんなで一緒にでかけた。
何か食べ物を探しながら歩く。ペドロ、ミカさん、私はピザのようなものを購入、これはおいしかったが、それでお腹がいっぱいになってしまった。
イワンはフレンドリーな人だから、屋台の一つにはいりこみ、店の奥で誰かと楽しそうに話し込んでいる。
何度かその前を通ったが、相変わらず店から出てこない。話が弾んでいる様子なので、私たちは彼を置いて町を回ることにした。
中世の服を着たひとたちがパレードのように出てきた。
花吹雪が舞い、魔女に扮した女性がくるくる回りながら、魔法をふりまく。
華やかだった。
ここの祭りのメイン会場には、人がいっぱいで、私達が中に入ることさえできなかったので、
少しの間、別れて見学をして、アルベルゲの前で待ち合わせをした。(アルベルゲのドアを開けてもらうには、おばさんを呼び出さなければならない。何回も行っては悪いので、時間を決めて12時に集合した。)
イワンは、 「今日『昼寝』した時に、古い友達の夢を見たんだ。そしたらね、なんとその友達がさっきの屋台にいたんだよ!もぉーびっくりだよね!!」
さっきの屋台で話し込んでいた人がそうなのだった。友達はこの地とはゆかりもない人であり、こんなところに居るとは予測もつかなかったそうである。
いよいよアントニオとお別れの時。
部屋に挨拶に来てくれた。そしてアントニオは泣きそうな顔をしている。
堅く抱き合い別れを惜しむ。
荷物を持って下までイワンと一緒に見送る。
イワンたちの部屋はもう消灯してしまったようで、私たちの広い部屋にきて、しばらくこの机で日記を書いてもいいかと聞くので、どうぞと言うと、一人で大人しく日記を書きはじめた。
私の 用事が済んだので、覗きに行くとノートを見せてくれた。
以前に両親が旅行中に巡礼路のそばを通ると言っていたが、その時両親は車で彼に会いにきたという。
そのときそれぞれが書いてくれたメッセージがノートに刻まれていた。いい家族がいるのだなと思った。
前にも聞いたことがある。お父さんは、イワン以上に明るくフレンドリーでオープンな人だから、自分が家にいなくても、家に泊まって欲しいと。
お母さんは真面目な人だとも言っていた。お母さんの文を通訳しながら、
「ねっ、いいでしょ!」
と自慢する。
そして私たちにサラマンカで買ったすてきな葉書を一枚づつくれた。 好きなのを選んでいいよと言うので、私はサラマンカの景色が遠方にあり、手前に豚や牛がいるイラストのものを選んだ。
しばらく話をした後、イワンが突然、控えめにこう切り出した。
「ねぇ、Hiromi、あの〜、昨日言ってた日本の『薬』を見てみたいんだけど・・・。」
えっ?なんのことだっけ?ああそうか、寝ないでも歩ける魔法の薬ね、よく覚えていたなぁ。
これは『もろみ酢』の錠剤のことだった。 それを2粒あげるととても喜んでいた。
『日本の黒いお酢』はこれ以来何かと話題になってしまうのであった。





































8月16日 (火)
06:15 Puebla de Sanabria →
17:15 Lubian (30km)
Albergue 泊
今朝の朝日は格別に美しかった。
私は何度も後ろを振り返り朝日を眺め、写真を撮った。すでに西に向かっているので、背中に朝日を浴びて歩くのである。
今夜までで、カステーリャ・イ・レオン地方は最後。明日からいよいよガリシア地方に入るのである。
それにしてもこの日ほど矢印に惑わされた日はなかった。
朝から変な矢印があるのだ。あきらかに反対方向を指しているものもあった。
そんな矢印に惑わされそうになりながらも途中まではうまく進んだ。
バルに入ると、おばさんがニコニコしている。
「あなたたちが来ると思っていたのよ。」
こう言われることが多くなった。ほかの皆が先にきて、私たちが歩いていることを宣伝してくれているためだった。
だから、よけいに暖かく迎えてくれるのだった。
ここを出るとすぐに、オレンジ色の矢印が出てきた。
巡礼の矢印は黄色と決まっているが、ペンキがなかったのだろうか?
これは怪しいと思いながらも、試しに登ってみるとすごい坂。
ここは違う。 また下る。あまりがっかりしないように心掛けるが、そんな怪しい矢印が数回続くとさすがに滅入ってくる。
あと6kmという地点でバルに入った。ここではオレンジジュースを2杯飲む。
おじさんに道の行き方を聞いていったので、途中までは良かったが、車道に出てしまったため、延々と長く歩くことになってしまった。
山間を抜けて行けども行けども近付かない。それでも確実な道ではあった。
途中でおばあちゃんに呼び止められた。
「ここで座って休んでいきなさい。」
おばあちゃんと話しながら目の前の景色をみる。 小さな畑と果樹園、バックには里山。こんなに景色のいいところに住み、毎日この景色を眺めていたら、どんな人間になれるのだろうか。
そのうちミカさんも来て、一緒に少し休んで歩き出す。あと3キロ。
アルベルゲの鍵がしまっていたので、みんなが居そうなバルに向かっていると、途中で一行に出会う。
イアンが、
「 今日は新しい仲間がいるよ、キューバ人だから歌って踊って賑やかになるよ。」
一緒にアルベルゲに行ってみると、鍵はあいていた。
二階が寝室になっていて、山小屋風。もうすぐガリシアに入る山間の村のせいか、天気が安定しない。急に雨も降ってきた。
イワンがいつになく大人しい。
すると向こうからこう言ってきた
「僕は天候によって、気分が変わるんだ。天気がいい時は元気だけど、悪くなると落ち込んでしまうの。Hiromiはそんなことない?」
私は全天候型だし、たいていの天気が好きだ。今回苦手だった曇りも好きになったので、わたしはないよと言う。
もちろんその気持ちはよくわかるのだが・・・。
そして私の手を見て、手を使って働いている人の手だねと言う。確かに手に力を入れて仕事をしている。
自分の手を出して見せる。イワンは掃除の仕事をしているので、手のひらにはきれいにマメが並んでた。
真面目に働いているのだろうなぁ。
そして、
「僕の父と姉は歯科技工士なんだ。歯医者さんから注文を受けて、歯をセラミックなどで作る仕事。二人で会社をやっているから、父は僕にもそれを一緒にやろうと勧めるのだけど、僕は一日中部屋の中で誰にも会わないで仕事をするのは苦手なんだ。」
今日はパスタを作ってここで食べると言う。
下で日記を付けていると、噂のキューバンのホセがやってきた。
ホセは英語が上手で、日本ツウでもあり話がはずんだ。
マドリッドに8年住んでいるという。その前にイタリアにも一年住んでいた。 おじいさん、おばあさんが元々はガリシア出身ということだった。
今は化学系の勉強をしていてPHDを取っているところだと言う。仕事はCTスキャンの検査をしている。
やはりわたしにとってはスペイン人とは、微妙に違う印象があった。
そして、彼が巡礼を始めた10日前から一度も巡礼者に会っていないということだった。
ずっと一人でアルベルゲに泊まり、道を歩いたと言う。
彼が今日はメインになり、パスタを作った。
ミカさんは寝込んでおり(睡眠不足)料理が出来て、二度呼びかけても起きなければそのままにしておいてと言われる。
ホセの料理の仕方はさすがにイタリアに住んでいただけあって、スペイン人の簡単な作り方とは違っていた。
しかしパスタを茹でる大鍋がないから、シンクにこぼしたり苦戦していた。 料理ができたのでミカさんを、起こしに行く。ペドロもついてきた。
呼びかけてみると、意識はあるようだったが、眠そうだった。ペドロも一緒に呼びかけてくれた。
声をかけると、いつもはすぐ起きるミカさんなのに、今日はよっぽど疲れていたのだろう。
パスタの出来は、まずまずだった。
これでお開きかと思ったら、そうはいかなかった。
片づけが終わると、キッチンには遊ぶには充分なスペースがある。
ここでまたゲームが始まった。
まずはイサベルが教えてくれた、膝を叩くゲーム。ペドロは少し慣れたせいか、上手になったが、ぺぺはすぐに間違えてしまう。
間違えると罰ゲームがあった。映画の名前を当てるゼスチャーをするのだ。
ぺぺはかわいいバレリーナになって踊り出す。『白鳥の湖』だった。
何度もペペは、ゼスチャーをするはめになった。
次は椅子取りゲーム。 椅子を並べてその回りを回って、音楽が止まると座る。みんな真剣だから、椅子を触りながら歩くので、椅子の回りに入ってはいけない線も付けた。
これも大爆笑であった。一度目は、私とイサベルが残ったので、ふたりで仲良くウイナ−になった。
二度目はもっと椅子から離れるようルールが決まって開始。みんなほんとうに真剣。
大人なのに・・・。
でも一番真剣なのは私だったかもしれない。最後はぺぺを破り最後まで残った。
今度は横に立て掛けてあったマットを並べる。 そこに一人づつ寝て、そのお腹に頭を重ねていく。そして誰かが面
白い話をすると、みんなが笑ってそれがお腹に響き、人から人へと不思議な振動が伝わっていくのだった。
順番が私に回ってきた。
ジョークを言えと言われても・・・。困っていると、早口言葉を言えというので、
「隣の客はよく柿食う客だ・・・」
と三回繰り返すと、これがなぜか受けまくる。もう一回やってと言われ、再びやるとみんなは涙を流さんばかり。
今度はちゃんと座って、日本語でCaminoについて語ってくれと言う。
思い付いたことを話し出すと
「ケ・ボニート!・・・(なんて美しい響き・・・)」
という声がする。 そしてそれを訳してくれというので、スペイン語と英語のチャンポンで説明した。
「銀の道は難しい。フレッチャー(矢印)がない。そんな時は五感を研ぎすまし、精神を集中し、目を見開くと、そこに誰かがやってきて、正しい道を教えてくれる・・・」
「デ・ベルダー?」(本当?)
イワンが聞く。
「 本当だよ。 」
こうして大人の大真面目なゲーム大会は終わった。


































8月17日 (水)
08:00 Lubian → 16:00 La Gudina
(23km)
/ Albergue 泊
今日は23kmなので、ゆっくり出発。
出発前からコーヒーを飲もうと、バルを探したが、まだ開いていなかった。
すでに明るくなっているが、なるべくみんなにくっついて行くことにする。
ところがいきなり山道。
当然真っすぐ行くべきところを、後ろから呼び止められる。
村のおじさんに、こっちだよと言われて振り返ると、矢印も道もあった。
こんなのあり?
振り返らなければ見えない矢印。おじさんが偶然いたから良かったけれど・・・。
木がよく茂り、小川を渡ったり、とても自然と親しめるコースだった。
登りも下りもきつい。
平らな道ならなんとかついていけるが、どんどんみんなと差が開く。
やっと山の頂上に上がると、すぐに後ろからホセがやってきた。
ここからいよいよガリシアに入るという分岐点であった。
去年も場所は違うが、やはりガリシアに入った時に、パキ、アンヘルと写
真を撮ったものだった。
ホせがここで5分休憩しようと提案してきた。 私はこの勢いのまま行ってしまいたかったが、断るわけにもいかない。
写真を撮りあって、休んでいると、ミカさんもやってきた。
ミカさんはすぐに横になっている。早業だった。
ここからは、ホセと一緒に歩くことになってしまった。
ホセは日本の文化、歴史について詳しい。漢字についても造詣が深い。
若い頃(ただいま31歳)は空手をやっていたので、空手のことを思い出し、たくさん質問をしてくるが、私は空手のこともわからない上、変な日本語だから見当もつかない。
歩きながらしゃべるのも大変だが、頭をつかうのも疲れる。
歴史についてもいろいろ聞いてくるので、一生懸命答えた。
日本語を教えてほしいというので、教えるとすぐに覚えてしまう。
やっと途中の村に着いた。
ここにはバルはなく、店があったが、残念ながら閉まっていた。
たまたま通りがかったこの店のおばさんは、私たちのために、必要なものだけ売ってくれたので、店の前に座ってそれを飲んだ。
ホセはおばさんを相手におしゃべりをはじめたので助かった。
ここで座れたのは何よりだった。
今日はここ一か所しか村がなかったからだ。
再び三人で歩きはじめる。
私はホセに、ほとほと疲れてきた。悪い人ではないのはわかるが、あまりにもうるさい!
ホセはファミリーにはまだ入れられないな。せいぜい遠い親戚だ。
何気なく先を歩いていると、後ろから大声で呼び止められる。
「お〜い、待ってよ〜。この話、ちょっと通訳してくれる?」
その度に私は一緒に歩かなければならなかった。
ホセと日本の鎖国の話などをしていると、食べ物の話になった。 文明開化でスキヤキを食べたという話からだ。
味噌汁はおいしいねとホセが言い出す。今度Caminoに来る時は、味噌を持ってきなよと言う。
そんな重たいものはゴメンだ!と内心思いながらも、そろそろみんなに何か和食を作ってあげたいな・・・・・。
アルベルゲは線路の向こうに見えたので、踏み切りのない線路を渡ってみたが、下に降りる道がない上、塀があった。高架の下をくぐれば簡単にアルベルゲに入ることが出来た。
そしてここも新しいアルベルゲであった。
今日からガリシア、一段とアルベルゲの質が良くなる。 とても広いスペース。設備も良く、建築もいい感じだった。
そして使いやすそうなキッチンを発見。
今日はみんなに日本食を作ろう!
パキから電話が入った。
8月17日にオウレンセに着いて、18日から一緒に歩くということだった。
待ち合わせ場所が正式に決まったら電話すると約束をして、あとはオウレンセからバスに乗ってもらえばいい。
彼女に素敵な仲間達を紹介するのも楽しみだ。増々楽しくなってきた。
洗濯を始めると、イワンも隣で洗濯をはじめた。
井戸端会議になり、今度友達が来て一緒に歩くのよと言うと、イサベルから聞いたと言う。
「パキはね、すごく感じが良くて、すごく親切で、すごく優しい子で、すごく美人なの!」
知っているスペイン語を全部使ってパキを絶賛した。イワンも楽しみだと言ってくれた。
ホセと一緒にまずはランチを食べにいく。
すでに昼食時間を過ぎてしまい、またもやボカディージョしか食べられなかったが、おいしかった。
ホセに今日は料理を作ると言うと、一緒に買い物につきあってくれた。
私は海外の過酷な条件で料理をするのは得意だった。数年間お鍋でご飯を炊いていたし、ある材料だけで日本的な味に仕上げるのがけっこう得意なのであった。
何を作ろうか。 簡単にできてボリュームのあるもの・・・。去年グリちゃんが作ったと聞いたちらし寿司がいいかもしれない。
これもかつて良く作ったレパートリーの一つであった。
ところが材料を手に入れるのがあまりに難しかった。 この村にはスーパーがあるのに、野菜を売っていないのだ。せめて緑のインゲン豆が欲しいがない。もちろん醤油もダシもみりんもない。
緑どころか、野菜はレタスくらいしか売っていなかったので、瓶詰めのニンジンを買った。千切りにしてあり、酢でマリネしてあるのだ。インゲンは缶
詰を買った。 大きなモロッコインゲンが、クタクタに煮てある代物だった。あとはシーチキン、卵くらいしか手に入らない。新鮮な魚介類などは遠い夢だった。
調味料として、ワインビネガー、砂糖、スープの素、ワイン。
インゲンをスープで煮て、シーチキンは赤ワインを入れて水分がなくなるまで煎る。
すし酢はワインビネガーにスープの素、砂糖、水少々を入れ沸騰させたが、おいしくない。
瓶入りのにんじんの汁の方が上品な味だったので、それを足す。
卵が決め手だった。薄焼き卵を作る。
一番の心配は、ご飯を1kg炊くこと。キッチンには小さい鍋しかない。 ホセに探してもらったが、借りれなかったのだ。
小さい鍋が二つ。これで2回づつ、ご飯を炊くことにした。
ご飯もそれなりに炊けてすし酢をかける。全てを混ぜて、錦糸卵を乗せ、一番上に紅ショウガ風にニンジンを乗せて完成。
デザートにはメロン。ワインは皆が買ってくれた。
紙ナフキンを誰かがグラスにセッティングしてくれ、みかけはなんとか整った。
ペドロは私のipodを聴いて、さっきからずっと歌っている。日本の曲を聴いて、気分を盛り上げているのだろうか?!
カメラを持ってみんなが集まってくる。
料理の簡単な説明をした後、 みんなはおそるおそる手を付ける。
私としては、この材料で作った割にはけっこういける味だと思った。
大量に皿によそっておいたが、みんな完食してくれてほっとした。
食後はバルに行ってお茶を飲むことになった。
このバルには、子供だましの?ボーリングレーンが一つある。
今からこれで遊ぼうというのである。
順番を決めてボールを投げる。ボールに指を入れる穴はなく、大きさも小さい。ハンマー投げの球のよう。
レーンの上には乗らず、ひざの高さのレーンに投げる。ピンは上から紐で引っ張っている。
でも、ちゃんと倒れたピンの数はわかるようになっていた。
白熱した勝負だった。
全員の真剣なことと言ったら、昨日の椅子取りゲーム以来だ。(!)
いつもいい笑顔のイワンも目つきがこわい。ストライクを出す時もある反面、ガーターもあり、一度は壁におもいきりぶつけていた。
イサベルなんて全てを集中して恐いくらいだった。途中まではストライクに入りそうなのに、曲がってガーター。
ホセも講釈を言うわりにいまいち。
ペドロは時々少し倒す。
ミカさんは後半ストライクを出していた。
一番上手だったのは、やる気がなさそうに投げるペペだった。
ミカさんも、ペペも大人だから、力を抜いているのが良かったのだろう。
私は・・・力が入り過ぎてバルの客席までボールが飛んでしまったり、ウケを狙っているかのごとく、頑張るのだがぜんぜんダメ。
それでもみんな真剣に勝負するし、他の人(ほとんど私)を見て大笑いして、今日も修学旅行のような夜はふけていった。





























このちょ−マジで決まってるイサベルだけど・・・。
実はこのレーンは・・・。イ ワンの顔もすごい!
Camino de Santiago via de la Plata 7
8/14(日)
Santa Marta de Tera → Mombuey (36 km)
8/15(月) Mombuey → Puebla de Sanabria (33km)
8/16(火) Puebla de Sanabria → Lubian (30km)
8/17(水) Lubian → La Gudina (22km)
