8月18日 (木)

05:45 La Gudina → 16:00 Laza (31.4km)
/Albergue 泊

 

今日は不思議な日だった。

朝、いつものように全員で出発。 (早起きが苦手なホセだけはまだ寝ていたが。)
イサベルと話しながら歩いた。
イサベルはこう言った。
「私はラッキーだったと思うわ。だってホセは私たちの一日後ろを歩いていただけなのに、10日間も誰にも会わなかったのよ。キ二ーは私たちの一日先をいつも歩いているけれど、(電話で)誰にも会わないと言っていたわ。私たちはこんなグループで歩けるなんて本当にラッキーだったわ。」
いつも仲間のことを気にかけ、まとめてくれたのはイサベルだった。
そんな彼女も、このグループができたことに満足していたのだ。
出会いは不思議だ。
私は最初のあいだは、Meridaからスタートすれば楽にSantiagoに着けたのに・・・と思ったものだが、そうしていたら皆に会えなかっただろう。もしあの38kmをバスにに乗らなかったら・・・、やはり皆に追い付かなかっただろう。 イサベルがSalamanca で友達と会って二泊していなかったら・・・などなど様々な偶然が私たちを結び付けた。

イサベルはお母さんと一緒に、刺繍製品を売る会社を経営している。そのお母さんも一昨年にフランスの道を歩いた。その時は都合で途中で帰らなければならなかったが、翌年また再開して歩いたそうだ。
悩んでいることがあったイサベルにCamino行きを勧めたのは、この母親だった。
最初の年はSantiagoまでの100kmを歩いた。
そこでハマってしまい、去年フランス道を歩いたのだった。
そして今年の春にも一週間だけポルトガルの道も歩いている。
一人でも歩ける強い女性である。そこらの男たちよりずっとカッコイイ!
イサベルは三人姉妹の真ん中。36歳の姉と34歳の妹がいる。姉も旅行が大好きで、アフリカなど40ケ国も旅をしていると言う。 今回Santiagoに着いたら、帰りにアストリア地方か、フランス道のもう一つの道、Jacaの方面 に行きたいと言っている。
アストリア地方は、父方の親戚がいて、そこには結婚をしていない90代の三人姉妹が住んでいるのだという。 イサベルは冗談も言わない真面目な人だけど、心がとても優しくて暖かい。イワンの話も笑いながら聞いているし、ペドロの理屈っぽい話にもつきあう。人の話をよく聞く人だ。そして常にみんなのことを思ってくれるから、とても慕われていた。
私にとっても、こんな素敵な人たちに出会えたことは誇りだった。 限られた人達にしか会えないような巡礼者が少ない『銀の道』で、一番素敵な人たちに出会えたのだと思う。

後ろを振り返ると、派手ではないが、うっとりとするような朝焼け。イワンも見とれている。写 真を撮ろうかと考えているとイワンが先にカメラを出した。(すごく変なカメラ)
私も撮ろう。
写真を二枚撮った時、急にレンズが変な音を立てた。
それ以来カメラが壊れてしまった。
私は誰よりも写真をいっぱい撮る。次々と変わる風景を記録しておきたいのだ。
カメラはこの旅行のために新しくしていた。
ほぼ毎年カメラを買うほど、カメラが重要なのだ。
いい写真を撮るためというよりは、自分の記憶のひとつのメモリーとして、体の一部に内臓されているかのように、いつもカメラと一緒だったのに。
よくなくしものものをする私だが、カメラが壊れるというのは想定していなかった。 そんな割にはちっともカメラを大切にしていなかった。
去年のカメラもあっけなく手放しているし、このカメラも何度も落としていた。
このショックは大きかったが、気を取り直し、携帯電話のカメラで我慢することにした。 画像が悪くても、その場のその時の自分を記録できるだろう。

ところで今朝は暗いうちから遠くに見える山々のあちこちで、煙りと赤い炎が上がっているのが見える。山火事なのだ。
イサベルに聞くと、暑さのための自然発火はそうそうないという。山に遊びに来た人の、火の不始末。そして放火なのだと言う。 スペイン政府には山火事の消火設備が整っておらず、プライベートの会社に委託することも多い。その会社の人が放火しているとも言う。前にホセに聞いた時は、その土地に恨みがある人が放火をするとも言っていた。
道はずっと登りだったが、緩やかだったので、気が付いたらずいぶん高地に来ていた。

午前中はこの美しい山々の峰を通 る。緑が深い。
これがガリシアなんだ。
その谷間には小さな村が点在する。 この景色を写真に写せないのは残念だった。
今度このカメラが直ったら、大切にしてあげよう。
この後さらに湖の周りを歩き、山道へ。
山全体が、丸焦げの道を歩いた。山火事の爪痕だった。
それでも少しは緑の芽も出ているが、 この木々が元のようになるには、何年かかるのだろうか。
ミカさんは眠たそうで、ふらふらしていたので、道ばたでお昼寝。
たま〜に車が通る。

そしてLazaの村に着いた。 村に着くとすぐに、私たちを女性が呼んでいる。
そこでアルベルゲに泊まる手続きをし、車に乗るように言われて、アルベルゲに連れていってくれた。こんなサービスは初めてだった。
そこは警察署で、婦警さんだった。 アルベルゲまでは歩いても10分とかからない距離だった。

少し小高い丘の上にあり、 ここもガラス張りで、清潔感にあふれ、居心地の良いアルベルゲだった。
警察で部屋と入り口の鍵をもらっていたが、入った先はみんなと同じ部屋だった。
イワンは入り口のソファで寝ていたし、他の人たちは自分のベッドで寝ていた。
とても静かだったので、起こさないように気をつけた。
それにしても、みんなはよく眠る。私はみんなの半分しか寝ていないような気がする。 みんなが起きた頃、一緒に遊んでしまうからだ。
それでも今日は少しでも横になろう。何しろ明日はいよいよパキが来るのだから、元気になっていなければ。

少し暗くなりかけた頃、イワンがこれからバルに行くけど一緒に行くか聞いてきた。疲れて行きたくないなら、何か買ってくると言ってくれた。
私たちは一緒にバルに行く方を選んだ。イサベルも一緒にきた。
こちらのお店はわかりにくい。看板が出ていればいいが、民家と区別がつかない店も多い。 村の人に聞きながら店に着いた。
雑貨も食料も売っているようなヨロズヤさんだ。 ここでハムなどを買い、あとでパンも買ってボカディージョを作るという。 奥では店のお兄さんが好きなハムを切ってくれる。
果物やお菓子も買ってハムを買うために並んでいると、イワンが小さな声で歌い出した。 声のわりには大げさな振り付けがつき、顔は満面の笑み、どんどんノリノリになっていく。 いつもハイ・テンションな人だが、こんな店の中で・・・。
そのうちイワンは店のお兄さんと話しだし、すっかり友達になって住所まで交換している。

今度はパン屋さん。裏道のわかりにくいところにある。
パン工場ではたくさんのパンを、明日のために仕込んでいた。
パンを買ってぶらぶら歩く。
イワンは、犬がいれば犬と話し、牛がいれば牛と話し、鶏にも話しかける。たくさんの家畜が住宅街の中に同居していたので、なかなか足が進まない。
今度はロバがきた。私はロバが大好き。大きなロバだった。そのロバは、なぜか私のことを気に入ってくれ、また動けなくなってしまった。
ロバを引いていたおじさんもつきあってくれるし、牛小屋のおじさんも話をしてくれた。 ゆとりがあるんだなあと思う。

そろそろ陽もすっかり沈んだ頃、大きな満月が出ていた。
満月は、この歩きをはじめた時以来だった。
あの頃は満月のお陰で、夜道を照らしてもらったっけ。
その満月の写真を撮ったり、のんびり歩き、今日はバルでビールを飲みながら、買ってきたものを食べることになった。

食べはじめると、ペドロとペペ、そしてここにさっき着いたばかりのホセが来た。
イワンはいつものように三人を迎えたので、ペペは一緒に座ろうとしたが、椅子が足りず、見回しているうちにペドロたちは結局どこかへ行ってしまった。
その後、いつもは四人で会話をするのに、今日は二対二に別れて私はミカさんと話をしていた。

バルを出ようとするとき、私はいつものようにイサベルに聞いた。
「明日は何時に出るの?」
イサベルは困ったように
「わからないわ。ペドロに聞いてみて。」
今までにない返事であった。

アルベルゲに戻り、暗い中庭で洗濯物を取り込んでいると、イサベルがやってきた。 「明日のことだけど・・・。私たちのグループは、二つに分かれるの。・・・・・。」

続けて・・・
「ある人が私に対して、とても怒っているのよ。その理由は今はまだ説明する自信はないの。その人に対しても、尊重しなきゃならないしね。この問題について、私からは何もできないの。だからお互いに距離をおくことにしたの。できればみんなで一緒にSantiagoに行きたいし、あなたたちともすぐに会えると思う。この道では、あまり選択肢がないからね。だからきっと少しづつよくなっていくと思うの。」

ショッキングな話だった。
朝、イサベルはこのグループのことをとても喜んでいたのに。
カメラが壊れたことなんて問題にならないくらい、困った出来事だった。
問題の彼とはペドロのことだろう。

私もミカさんも、ペドロよりは断然イサベル派だったが、明日はペドロについていかなければならない理由があった。 パキが来る日だからだ。パキと約束した場所にペドロが行くからだ。
イサベルはその手前の村に泊まるという。
そして35kmの道のり。早朝出発しないことには、夕方になってしまうのだった。
イサベルも、そのことをよくわかっているので、私たちに、ペドロと一緒に行くように勧めた。

洗濯物を持ってアルベルゲに入ると、居間にイワンがいた。そして彼はこう言った。
「実は明日からね、僕は久しぶりに一人で歩いてみたくなったんだ。でも明後日には会えるから・・・。」
イワンの立場も複雑だった。結局彼は、イサベルを一人にもしないし、二人きりでも歩かない道を選んだ。精いっぱいの彼の優しさだった。

お互いにとても寂しかった。明日二人に会えないことだけではなく、せっかく仲良かったグループの分裂。
今はあせってもどうにもならない。
しかし順調に行けば、あと一週間でSantiagoという所まで来ていたのだ。
大人げないとも言えるかもしれないけど、スペイン人は正直なのだと思う。
私なら、少々我慢しても、調和の方を取るだろう。
果たしてそれが大人のやり方なのか。自分をごまかすことなのかもしれない。
それでももう少し歩みよることはできないのだろうか?

朝からカメラが壊れるし、最後はこの結末。
しかしここLazaは、私たちに対し、優しい村だった。
この数日後、この平和な村に山火事が起こり、村じゅうが火災に遭い、村人はあのアルベルゲで肩を寄せあい避難生活をしていると聞いた。
この日にここで出会った人たち、動物たち、また元気に復活してほしいと願ってやまない。

ここでカメラが壊れました。以降は、携帯電話の
カメラを使用し ているため、画像が悪くなりますが、
ご了承下さい。


一部ミカさんにお借りした写真も載せています。

8月19日 (金)

05:30 Laza → 16:00 Xunqueira de Ambia (35km)
/Albergue 泊

 

久しぶりだった。ペドロ、ぺぺ、ミカさんと四人だけで歩くのは。
私たちはペドロに対し、ちょっと怒っていた。
何があったのか知らないけれど、いったいどうしたの?!

それでも、イサベルのためにも、このグループの平和のためにも、何も知らない顔で通 すことにしていた。

最初は砂利道だったが、しだいに山道に入り、登りがきつくなった。
今日がこの旅の中でもいちばんキツイ登りだったと思う。

山の上までは、なんとかペドロについていった。
ペペは、途中でトイレ休憩をしていて、なかなか来なかった。
後で聞いたら、道を間違えたらしい。

途中ではいくつもの山火事を目撃した。 あちこちで煙が出ているのである。
風もあるし、煙の方角に歩いていかなければならない時は恐怖だった。
パキは1時過ぎか、5時のバスで来る予定だった。 どちらにせよ、早く目的地に着きたかった。

今日の目的地、Xunqueira de Ambia(シュンケイラと発音) にたどりつく。
ここのアルベルゲも例外ではなく、きれいだった。
部屋は二つに仕切られていて、手前の部屋に、ペドロとペペが寝ていた。
私たちは少しでも二人を避けて、奥の部屋に入った。
人の気配はなかったが、一番奥のベッドに、リュックが置いてあった。
パキのものにも見えたし、そうでもないようにも見えたので、ペペに聞いてみると、まだ誰にも会っていないという。

するとそこにやってきたのは・・・
・・・パキだった!
私たちはキャーキャー言って喜び合い、パキをペドロとペペに紹介しに行った。
パキの明るい笑顔のお陰で、暗くなっていたムードが一変した。

シャワーを浴びる間、待っていてもらうと、パキはベッドで本を読んでいた。
その本の大きさは、A4を少し小さくして、厚みは4cm、ハードカバー。しかも図書館の本。
「これおもしろいのよ!」
えっ?重くないの?と聞くと
「たいしたことないわよ。でも『銀の道のガイドブック』は何も持ってこなかったけど。」
・・・・・!。

早速パキの話は私を笑わせてくれた。
「昨日はバスでオウレンセに着いたのだけど、夜も遅くてそのままタクシーでホテルに行ったの。そしたらそのホテルがすごく汚いの。それでね、寝袋をベッドの上に敷いて寝たのよ。そうそう、実は寝袋を新しく買ったの!去年の大きさの半分なのよ。(ちょっと自慢げ)ところがね、次の朝小さい袋に戻そうとしても戻らないの。一時間かけても戻らなくて、おかげでオウレンセの街はぜんぜん見ないでバス停に行っただけで終わっちゃったのよ。」

それでその寝袋は今どうなっているのか聞くと、リュックから取り出して見せてくれた。
その姿を見て、笑いが止まらない。一部だけ袋に入って、あとはそのままリュックに押し込めてあったのだ。リュックから出てくる出てくる・・・黒いおばけの抜け殻のような物体。
「きっとこれを作った工場では入れる機械があるけれど、一度出すと、もう二度と戻らないものなのね。」
私は
「いや〜、きっと入るわよ。明日の朝、手伝ってあげるから。」

私たちはバルで再会を乾杯するために外に出た。
パキは
「良かったら、母が作ったサンドウィッチを食べてくれない?たくさん作ってくれたのだけど、もう今日はうんざりしちゃって食べる気がしないの。」
喜んで受けると、そのサンドウィッチとりんごが二つ入ったピンクの紙袋を持って出かけた。
そして・・・
「実はね、昨日バスに乗った時、このピンクの袋をなくさないように、とても気をつかっていたの。というのはね、去年のSantiago巡礼のあと、家に帰るバスの中で、おばさんや家族に買ったおみやげを棚に入れたら、降りる時に、私も弟もすっかり忘れてしまったの。とてもショックだったわ。だから今回も、常にこのピンクの紙袋に気をつけていたのよ。・・・長い旅のあと、昨日の夜、オウレンセに着いたでしょ。その時も、このピンクの紙袋をしっかり持っていることを確認してバスを降りたの。ルンルンで歩いて行って、100メートルくらい行ったところで、運転手さんが追いかけてきたの。なんと私ったら、リュックのことを忘れていたの。」

な!なんて呑気なヤツだ!!
銀の道のガイドブックも持っていないし、クレデンシャルもまだ発行してもらっていない(セビリアでもらえるのに!)
そして何よりも大切な家財道具一式をバスに忘れるなんて!!!
イサベルが数日前に、こう言っていた。
「バルセロナから飛行機でくる時、私は荷物を預けなかったわ。もしロストバゲッジにあってしまったら、それで終わりでしょ。」
あ〜〜〜っ、ずいぶんと違う二人であった。

バルでパキのお母さんの特製サンドウィッチをいただく。とてもおいしいではないか。
ビールで乾杯をしながら、パキは私たちがくる前に、すでにこのバルに入っていたという。
「アルベルゲに着いた時、鍵がかかっていたので、人に聞いて探しにいったの。そこで自転車の巡礼者に会って、一緒にお昼ご飯を食べようということになってここに来たのよ。サラダがすごくおいしくてね!その人たち、あなたたちのことを知っていたわ。」
昨日も一昨日もみかけた二人組に違いないと思った。

「二人の話も面白かったわ。とても苦労した話をたくさん聞いたのよ。Sevillaから出発して、暑くて大変だったのですって。道もよく間違えたし、水がなくなって困ったそうよ。」
それなら私たちも経験しているが、自転車ならどこかの村に逃げ込むのも簡単そうに見えるけど・・・。

「ある日ね、もう暑くてどうにもならなくなったのですって。それで、豚の水飲み場に行って、大量 に群がっている豚をおびき寄せて、水場からどかせ、二人でその中に飛び込んだのですって!」
その時の写真も見せてくれたと言う。
それはすごい!豚も団体だとこわい。
それよりも、彼らは臭いのだ。水も臭いはず。
自転車の人たちも、大変だったのだなぁ。
「そういえば、今日は山を走っている時に、笛を吹いて一人で歩いている巡礼者に会ったそうよ。」
それはイワンに違いない。

私はパキに、Sevillaを出てからここまで出会ったすべての人の話をはじめた。
どこで誰と初めて会い、どこで再会し、別れたか・・・。図で示したり、その人のキャラクターも交えて、オールキャストを紹介したのだった。
パキは長い話につきあって、よ〜く聞いてくれた。
そしてほんの少しだけ、今の状態も話しておいた。
わけあって、今はペドロとペペを避けている状態を。(ペペは何も関係ないのだが)
話を聞き終わったパキは不思議そうな顔をして、
「一週間前に電話で話した時、あなたは巡礼者には誰にも会っていないと言っていたじゃない?!あなたって本当にスペイン人みたいね!」

そこにペドロ&ペペがやってきた。アルベルゲの鍵を持っているからだ。
寒くなってきたので、一度アルベルゲに戻るところだったので、鍵を預かり、またあとでこのバルに来るから、もしペドロたちが先に戻るなら、ここで受け渡しをしようということになった。

バルを出て、スタンプをもらいに行く。パキはかわいい手帳を持っていて、そこにスタンプを押してもらっている。
小さい村のこと、また二人の姿が遠くに見えたが、なるべく会わないようにした。
私はどんな理由で問題がおこったとしても、イサベルについていきたいのだ。

もう一度同じバルに戻る。今度はパキのお勧めの、おいしいサラダを食べるためだ。
奥のレストランスペースに入った。
デザートを食べた頃、ペドロとぺぺが入ってきた。
一緒のテーブルに座って、お茶を飲むことになってしまった。
パキと楽しそうに話をしている。 ペドロはすっかりパキのファンになったに違いなかった。

一緒にアルベルゲに戻った。そこにはここから役に立ちそうなパンフレットがおいてあり、もらっておいた。
それは、後々ガイドブックを持たない私達にとって、とても役に立ったのだった。

8月20日 (土)

07:00 Xunqueira de Ambia → 13:30 Ourense (20km)
Albergue 泊

 

今日はパキ、ミカさんと3人で、ペドロたちより一足早く出発。
暗い中、懐中電灯だけで支度をする。
パキは慎重に最後の点検をしている。するとベッドの裏から何かを拾いあげ、リュックにつめた。
この人ったら、何をやっているのだろう?
私はその姿を見ているだけで楽しかった。
そして昨日の話題の寝袋を手伝って詰めてあげる。袋にはなんとか収まった。
「すごいわ。私が昨日一時間かけても出来なかったことなのに。」
これから最後の日まで、私はパキの寝袋まで袋に詰めなければならなかった。

昨日もらっておいた資料のおかげで、村からの出方がわかってよかった。
パキがいたからにほかならないが。

一つ目の村で、バルが早朝から開いていた。もちろん迷わず中に入る。
バルのおじさんにミントの飴をたくさんもらった。
バルを出ようとした時、ペドロ達がやってきた。

今日は20km。昨日頑張って歩いた理由がここにもあった。それは、昨日頑張らなければ、その分、今日歩かなければならない。パキの初日の歩きには、ちょうどいい距離だと思う。

それでも目的地、Ourenseに入ってからも坂が続き、まいってしまった。
アルベルゲに着くと、もうペドロたちは着いていたが姿は見えなかった。
ここのアルベルゲにはドイツ人の管理人がいた。なかなか規律が厳しそうであった。
パキはここで新しいクレデンシャルを手に入れた。
ベッドルームは二つあり、私たちは誰もいない方に通された。 シャワーを浴び、少し寝ることにした。みんな疲れが出る頃だった。

休んだ後、外に出る。
待ちに待ったプルポ(蛸)を食べることになった。
一人一皿づつ、おいしいリベイロ(ガリシア地方の白ワイン)も飲んですっかりいい気持ちになった。
カテドラルでは巡礼に関する展示をやっていたので覗いてみることにした。

ガリシア屈指の街とあって、どこも立派だ。

アルベルゲに戻ると、イサベルがいた。
一日会わなかっただけなのに、かたくいつまでも抱き合った。
今夜は一緒に食事に行こうと誘うと、もちろん一緒にということになった。
イサベルとパキはすでに電話で何度か話をしていたので、すぐに打ち解けていた。
しかしここで小さい悩みが発生した。私たちがここに戻ってきた時、アルベルゲの入り口で、パキがペドロに呼び止められて、夕食に一緒に行こうと誘われていたのだった。
それをなんとなく察したイサベルは、食事に行きたくないと言い出した。
「彼は私を無視するのよ。」

階段の途中でペペとペドロ、そしてイサベルが話をしていた。
私には三人が何を話していたのかはわからなかったが、後でパキが教えてくれた。
ペドロとイサベルは険悪なムードだった。その前にどんな言い合いがあったかはわからないが、イサベルはペドロに向かって
「あなたが滞在する場所に、私は行きたくないの。」
そして二人が言い争いになった時、ペペがこう言ったそうだ。
「その話の続きは、バルに行ってからにしよう。とにかくみんなでバルに行こうよ。」

お陰で久々にみんなで一緒にバルにくりだすことになった。
厳しいドイツ人のおじさんも、今日は11時半が門限だと言ってくれた。(普通は10時?)
ペドロとペペは、今日すでに、Ourenseから3kmのところにある温泉に行ったという。
とても良かったという話をし、この街の中にもお湯が沸いているところがあると、連れていってくれた。
そこでは熱いお湯がどんどんわき出していた。
お湯の温度は50度くらいあり、熱々だったが、腕につけるとすべすべするような気がした。
そしてバル街に。

今日はタパス三昧だ!
たくさんバルが並び、テーブルが道に並べられている。私の好みの場所だ。
ビールを飲みながら、ピンチョスをつまむ。
イサベルに電話が入って、もうすぐイワンもやってくると言う。
回りの活気にまぎれて、私たちの距離もまた以前のようになり、楽しくなってきた。
そこにイワンがやってきた。 イワンが今日通りがかった村が山火事で、それの消火を手伝ってきたのだそうだ。
そういえば少し煤けていた。
パキに、
「Hiromiから噂を聞いていたよ。すごく感じが良くて、すごく親切で、すごく優しい子で、すごく美人・・・。」
パキは途中まではニコニコして聞いていたが、最後の『美人』というところで困ったような顔をした。

これで全員が揃った。
まだ内情はどうであれ、私たちはとてもうれしくって、誰もが楽しそうなな顔をしていた。
イサベルもペドロの肩に手をかけている。
きっと少しづつ修復されるだろう。元々あんなに仲が良かったのだから。
話は『日本の黒いヴィナグレット(お酢)』に及ぶ。
イワンがこの話をすると、パキが
「去年私の弟がそれを朝飲んだら、もう足が止まらなくなっちゃって大変だったのよ。」
これでさらに伝説になってしまうのだった。

アルベルゲに戻るには、坂をのぼり、階段もたくさん上がらなければならない。
イワンはふざけて私をおぶって階段を駆け上がってくれた。すごくラクチンだったが、彼はくたくたになっていた。
アルベルゲの入り口には、ドイツ人のおじさんが、私たちが静かに入るように見張っていた。
二階に入り、部屋でしゃべっていると、またおじさんが来て、電気を消し、静かに寝るように言われてしまった。
それでも私たちは狭いベッドとベッドの間の床に座り込んで、肩を寄せあいながらひそひそとおしゃべりを続けた。

8月21日(日)

07:00 Ourense → 16:00 Cea (21.6km)
Albergue 泊

 

アルベルゲを出る時、となりのパキのベッドを見ると、1,5リットルの空ボトルが置いてあった。
私はパキに失礼にならないように、彼女の後を追いかけながら、これ要らないの?と聞いた。捨てるためにだ。
すると彼女は私のベッドの下を指差し、
「このボトルは?」
見れば小さいカラボトルが二本転がっているではないか。私も忘れていたのだった。 パキは私がボトルを置いていくのをみて、自分もそのままにしようと思ったという。
お互いうっかりもので、こんなことでも二人は笑いがとまらない。

まだイサベルとペドロの仲が、完全に戻ったわけではなかった。
イサベルはペドロが行かない場所に宿泊したいようだった。
今日の目的地Ceaまで21.6km。
ペドロとペペはその次の村まで行くらしい。
イサベル、イワン、ホセ(昨日後から到着)は、オウレンセの街を見ていなかったので、ゆっくりしてからCeaに来るという。

こうして3つのグループに分かれて出発。
携帯電話はこういう時、便利である。状況によって(アルベルゲが開いているかなどの情報も含め)電話でお互い連絡をしあい、調整することができるのである。

オウレンセのような大きい街を出るのはそれだけでも時間がかかる。 やっと街を見渡せる小さな村に着いた時、ベンチに座りひと休みをしていたら、もうペドロとペペに追いつかれてしまった。
私たちは今日はどこに宿泊するかとペドロから散々聞かれていたが、行ってみないとわからないと、曖昧な答えを出していた。
ペペの表情は寂しそうだった。もしかしたらもう会えないかもしれない。
私たちはいつもペペのことが大好きだった。
ペペは全く英語を話さない。だから最初に会った時は、無愛想であった。
また、東洋人と関わるのも初めてのようであった。しかし、毎日顔を合わせていくうちに、私達に慣れてくれ、それとなく気づかっていてくれる事を感じていたし、彼の規律のある生活態度や、暖かい人間性は誰もが安心感を覚えた。
よけにペドロがうらめしい。

この後もずっと登りが続く。
11km先の村でバルで飲み物を飲みながら、店で買ってきたオイルサーディンを食べていた。
パキが席を立った時に、私のゴミを一緒に捨てようとしてくれたので、オイルサーディンの缶 も捨てるように頼んだ。
缶は紙の箱に戻してあったが、それを持った瞬間、缶に残っていた油がパキの服にかかってしまった。 魚臭いしオイルである。急いでティッシュで拭いてもとれない。
パキは私に粉を持っていないか?と聞いてきた。 後で考えてみれば、粉おしろいを持っていたのだが、その時は全く思いつかず、日本製の傷に塗る粉を出した。
その粉は黄色く、油の箇所にかけると、そこに『黄色い矢印の形』が浮かび上がった。
これはいい!
不思議なことに洗濯した後に、シミは残らずきれいになったので良かったけど・・・。

今日も火事の煙があちこちから見える。 パキから聞いた話によると、この季節、この地では、珍しいものではない光景なのだと言う。
歩いていくと、前方に煙が見えてきた。通りがかる村が山火事に遭っていたのだ。
火は見えないが、煙があちこちから出ている。村人も水をかけ消火活動をしている。
パキが村の人に手伝いましょうか?と聞いてくれたが、人手はあるからいいと言う。
それでも少しだけ枝を使って火を消そうとしたが、なかなか消えない。 歩いていくと、村人が集まってきたが、あんまり急いでいるようには見えない。緊急事態というよりは、村の行事にでも行くかのようにのんびりしている。 ここではそんなに普通のことなのだろうか。

次の村では蛸を茹でるおばさんがいた。
お腹がすいていなくても、こういう光景を見ると、食いしん坊の私は食べてみたくなる。
でも、今日の目的地Ceaは蛸とパンで有名な地。もう少し我慢して、バルに入って飲み物だけで我慢することにした。

Ceaのアルベルゲに着くと、ペドロとペペの荷物があるが姿は見えない。
ここに泊まらずに先に行くと言っていたのに。 たぶんここで休憩だけして、夕方から次の村を目指すのだろうと思う。

シャワーを浴びて、パキはすぐに食事に行きたいという。
とても疲れていたが、つきあうことにした。 この町は蛸とパンが有名なのである。
ところが今日は日曜日。しかも明日はここのお祭りで、蛸の準備とやらで今日の営業は早めに切り上げたりと、なかなかありつけない。

人に聞きながら歩いて行くと、町外れに蛸を食べさせるレストランがあることがわかった。 結局1kmくらい歩いたところにあり、暑い中、やっとたどり着いたのだった。
ここではビールをまず飲み、蛸を3人分と、小イカを注文。最初に出てきたイカもすごくおいしい。ニンニクとオリーブオイルで炒めてある。
そして蛸。
三人分が大皿に盛られ、すごい迫力だった。
私たちは夢中で食べた。 ここまで歩いてきた甲斐があったと大満足。

店を出ると、おじさんが追いかけてきた。 手には私の携帯電話を持っていた。
あ〜っ!またやってしまった!!

アルベルゲに戻ると、まだペドロとぺぺがいるようだった。
そしてベランダから聞こえたのは、ペドロの声
「今日はワインをたくさん飲むぞ。」

ペドロはビールもワインも飲めなかったのに、ずいぶんと変わってしまった。
しかもヤケ酒?
今日はここに泊まる気なんだろうか。

疲れていたのでベッドでゴロゴロしながら日記を書いたり、少し寝たりしていると、賑やかな声が聞こえてきた。イサベル、イワン、ホせが到着したのだ。
イサベルはベッドのある二階に上ってきて、私に気付かず、部屋の奥に入っていく。ペドロの荷物をみつけ、また戻ってくる。
やっぱりまだペドロのそばには行きたくない様子だった。
イサベルは私をみつけるとキスをした。

今日はオウレンセで温泉に行き、とてもリフレッシュしてきたようだった。
私も階下に降りていく。
ホせはまだここに着いたばかりだと言うのに、漢字の成り立ちについて質問をしてきた。
そしてオウレンセの温泉の素晴らしさを話した。
そこは日本風の温泉を演出してあるらしく、日本語の文字が書かれてあったり、露天風呂があるのだそうだ。ここでは静かな音楽が流れ、しゃべってはいけないのだそう。
さぞホセにとっては辛かったことだろう。

その席にはポルトガル人のお兄さんもいた。私はお兄さんと話し出した。 まだ20歳くらいだろうか。大学生のようだ。彼はリスボン出身だったので、話が盛り上がった。
私はスペインが大好きであるが、リスボンに対しては特別の愛着があった。 もし日本以外の首都に住めと言われたら、まずリスボンをその一つに挙げると思う。
リスボンは、第一印象から大好きになった場所であり、最後に訪れた時には一か月以上滞在した思い出の場所なのだった。
気候、街並み、人間、街の大きさ、すべてが調和よくリラックスできる街なのだ。
そこに住む彼と、思い出す限りの地名やモニュメントを言い、私のリスボンに対する思いも込み上げてきた。
そして彼の住む地域の話まで近付いた時、『カフェ・ブラジレイラ』と言うと、彼は
「僕はまさにその近くに住んでいるんだよ!」
ここで私たちの話は最高潮に盛り上がった。
なぜだろう。リスボンを想う時、いつも感じる春のような爽やかな風。そして郷愁。

イサベル達は今から食事に行くという。
まだお腹がいっぱいだったので、時間をずらして私たちは後で出て、バルで会おうということになった。
彼らより少し遅れてアルベルゲを出ると、町は静まりかえり、やっと開いている一軒のバルをみつけたが、ここには誰もいなかった。
おそらくあの遠い店に行ったのだろう。私たちはそこまで行く気がしなかったので、このバルでジュースと胃薬を飲んだ。
胃は強い方ではない。消化が悪いような気がして、飲んでおこうと思ったのである。

バルを出て、イサベルたちを探しに行こうとすると、珍しくミカさんが、もう疲れたから帰りたいという。 それは私たちも同感だったので、今夜はアルベルゲに戻ることにした。
二階のベランダを見ると、ペドロが一人で座っているではないか。
私たちは彼に気づかれないようにそっと玄関を開け、二階にあがった。

こまった。洗濯物をベランダから取り込まなくてはいけない。ペドロに会ってしまう。 それでもすぐに済ませればいいだろうとベランダに出ていった。
さっさと洗濯物を取り込んでいると、ペドロが話しかけてきた。 ペドロは懐中電灯を使って薄いパンフレットのような本を読んでいた。
「これを読んでごらん。」
って言われても、なんでこんな真っ暗い中、懐中電灯まで使って私が読まなきゃならないの?それもスペイン語じゃん!!!
私の心は穏やかではなかった。
読めないからと断ると、明日はどこまで行くのか聞く。
明日だけ、道が二つに分かれ、その分かれたところのどちらかに泊まるのが順序だった。
私はとにかくペドロが行かない方に行きたかった。
ペドロが何をしたわけではない。 ただ、彼の頑固さで、グループがうまくいかなくなったことは事実だった。
私が曖昧に答えると、ここまで来なくちゃ駄目だよ。そうしないと期日にSantiagoに着かないよ。期日とは、前にイサベルに言っておいたものだった。みんなはそれも意識してここまで歩いてきてくれていた。
それさえも、
「いいの。その日じゃなくても。次の日でもだいじょうぶなの。」
本当に私は冷たいと思う。でもこの時、私は彼から早く逃げたかった。

お陰で胃が痛くなってきた。胃をさすりながら、もう調子が悪いからと、部屋に入ろうとすると、ついてきて、パキと話をすると言い出した。 パキは疲れているからダメよと断るが、私たちのベッドの近くまできた。
そしてまた
「明日はここまで来なくちゃ駄目だ。」
と言う。一瞬でも彼のそばから逃げたくて、私は表に出た。
そしてイサベルに電話をしたのだが、今困っていることを説明したいが、どうしていいかわからない。
いつ帰ってくるのか聞くと、もうすぐだと言う。

部屋に戻るとまだペドロが居座っている。 私の胃はさらに重くなり、とても気分が悪いことをペドロに訴えるのだが、暗いせいもあって見えないのか、まるでとりあってくれない。
ペドロは私とパキの携帯の番号を教えてくれと言う。言わなければ眠らせてもらえそうにもない。
決して攻撃的なわけではないが、私は追いつめられた気持ちになってしまった。
それを教えると、今度はイワンとイサベルの電話番号も教えてくれと言う。
私はもうどうしていいかわからなくなった。
仕方なく、イワンのだけ教えると、ここで納得してくれたので、助かった。
イワンなら、だいじょうぶだろう。

ペドロもペペも、携帯を持っていなかったので、今までは電話のやりとりに参加していなかったのだ。

やっと解放されてベッドに入ったものの、パキやイワンの電話番号を教えなければならなかったことを二人に謝らなくてはならないし、疲れて胃の調子も悪いのに、おかまいなしのペドロに対して、とても憤りを覚えた。
ペドロの本心もわからなかった。
イサベルと仲直りしたいのか。
このグループをもとのようにしたいのか。
それらを放棄して、ただ私たちを自分の仲間に入れたいのか。

8月22日(月)

07:00 Cea → : Estacion de Lalin (33.5km)
Hostal 泊

 

朝から胃の調子が悪い。
きっとペドロのせいだ。 (・・・・ここまで嫌わなくてもいいのかもしれない。)

一つ目の村に着く前にペドロとペペに追い越された。
ここでもペドロはしつこく今日は『ここ』まで来るんだよと言っている。
調子が悪いからとごまかすが、妙にしつこい。
私たちはイサベル派なんだから、ペドロの言うことなんか聞かないからね!

一つ目の村というのは、修道院のある美しい村だった。
この修道院が素晴らしいのだ。 10時から見学が始まるという。
まだ10分あったが、先に朝ご飯だ!
バルのあばさんが、 パン・コン・トマテを作ってくれるという。このあたりはパンがおいしいので期待できた。
ココアを注文し、待っていると10時になり、ペドロとペペは修道院の見学に行った。
期待通りのおいしい朝食だったが、胃の調子がまだよくない。

私たちも修道院の見学に行くつもりだったが、見学は一時間ごと。次の見学開始は11時で、所要時間は一時間もかかるという。
今日は33km強あるのだから、ここでゆっくりしてはいられない。
そのうちペドロ&ぺぺが戻ってきて、素晴らしかったと絶賛していた。
こんなところまで二度と来れないだろうから、少し残念だったが、あきらめることにした。

そうだ!ここでみんなで写真を撮ろう。
なぜなら二日前のオウレンセでバルにみんなで行った時、ペドロがパキにこう言った。
「Hiromi&ミカとぺぺの4人で写真を撮りたいんだ。カメラを持っていないから、どこかで買うか、誰かに借りようと思っているんだけど・・・。」
パキはその時通訳をしてくれたが
、私はムゲにも
「私のカメラは壊れているから。」
と、冷たく言ったのだった。 その言葉はパキはペドロに通訳をしなかったけれど。

・・・それ以来だったが、ミカさんのカメラで写 すことにしたのだ。
そうすれば、もう私たちについてこないかもしれない。

小さな店も何もないような村に入った。
パキが地元のおばあさんと話をしている。 そして水飲み場を教えてくれた。 そこには水が張られているのだが、どこに水源があるのか探していると、さっきのおばあちゃんの孫が来て、私のボトルを取ると、鍵のかかった扉を開け、その中から水を汲んでくれたのだった。
女の子は7歳くらいだろうか。とてもやさしくておとなしい子だった。見ているだけで心が洗われるような、小さな白い花のような女の子だった。
パキが私の胃が悪いことをおばあちゃんに言うと、そういう時はコーラがいいのよ、もし良かったら家にあるものを探してくれるという。
お願いすると、女の子がさっと走り、家からコーラを持ってきてくれた。 それをミカさんと分けて飲む。少し良くなったような気がした。

別の時も、おばさんが私たちにソーダのボトルを1本づつくれたこともあった。
ガリシアの人は静かで控えめだが、とても親切だった。

胃の調子が悪いのは、私だけではなかった。ミカさんも調子が悪く、下痢になってしまった。
私は慣れているが、ミカさんにとっては珍しいことだったので、かなり辛そうに見えた。
私たちの症状はそっくりだった。 10分おきに痛み出す。あとの10分は何でもない。これを繰り返していた。

今日はやけに進み方が遅かった。 次の村のバルで休憩をする。
ここで私はイサベルやイワンとこまめに連絡をとりあって、今日はどこに行くか相談していた。
そしてイサベルと話しているとき
「イワンに謝ってほしいことがあるの。ペドロから昨日電話番号を聞かれて教えてしまったの。」
イサベルは
「イワンならだいじょうぶよ。怒らないわ。」
そして逆にペドロから私の携帯にも、パキの携帯にも電話がかかってきた。
パキはこわごわ電話に出る。

今日は二手に分かれる。
『 ラリン』という町と『国鉄があるラリン』。『国鉄』がある方は、Caminoなので歩きやすい。しかし駅前には何もない。『ラリン』の方はアルベルゲがあるからそちらにくるようにと。 しかしこの後、『ラリン』のアルベルゲは閉まっていることがわかり、情報が二転三転した。

バルでミカさんはぐったりしていたので、たくさん水分をとった。
そして、外に行って寝てくると言う。
私とパキはそこに残り、バルの子供と遊んでいた。その子は日本の漫画の影響で、日本に興味があるらしく、名前を漢字で書いてあげると喜んでくれ、漢数字の書き方、数え方を教えると、自分でスペイン語の仮名をふりながら、一生懸命勉強してくれる。
そして最後に
「日本語を教えてくれてありがとう!」
と、きちんとお礼を言った。 その時だった。イサベルとイワン、少しあとにホセがバルに入ってきた。

ここからさらに1時間以上休憩をしてしまうのだった。
私は食欲がなかった。パキが胃の調子が悪いのだと説明してくれる。
するとイワンはゼスチャー付きで、下痢の方?吐く方?と聞いてくる。普通なら恥ずかしくて言いにくいが、家族のような仲間には気にせずに『下痢の方』だというと、それならきっと良くなるよとみんなが言ってくれた。
相変わらずイワンがいると賑やかだ。私が何を言ってもおもしろいらしく大笑いをしている。
「Hiromiの宗教は何なの?」
「う〜ん、私はいろいろなのを少しづつなの。仏教を少し、キリスト教を少し、ヒンズーを少し、イスラムを少し・・・。」
「ワッハッハ!僕も同じだよ!」
そろそろ店を出て歩かなければ。

ここでなぜかホセが、私たちと一緒に歩くと言い出した。
そういえばさっきから元気がなかった。彼は31歳なのだけど、太っていて大変そうなのだ。 イサベルとイワンのスピードに追い付かなくなったのだろう。

外に出てミカさんを探す。なかなかみつからないので電話をかけた。
今度はホセを入れた四人で歩き出した。
そして次の村でまたバルへ。ホセもバルが好きで良かった。
ここで遅れてきたミカさんは
「私はもうだめ。ここからバスかタクシーに乗るわ。」
あとまだ15km近くあった。
聞いてみると店の中にちょうどタクシー運転手がいて、行ってくれるという。
するとホセが言った。
「ねぇ、ミカのタクシーに僕達の荷物を持っていってもらおうよ!」
私とパキは顔を見合わせた。ちょっぴりやましい気持ちもあるが、意義はなかった。

この頃またペドロから電話があり、『国鉄があるラリン』にもバルの階上がホテルになっているものがあるという情報が入った。そこまで来いと言うのであった。
ペドロと同じところはいやだなと思っていたら、再び電話があり、自分達はその先の村まで行くという。ペドロはイワンにも電話して、彼らもそのペドロが行くという村まで行くのだという。
私たちだけ少し遅れてしまうが、とても今日はそこまで行けそうにない。
もう夕方の5時になるというのだ。
ペドロもいないことだし、camino沿いにも行ける、『国鉄のあるラリン』に行くことになった。

考えてみれば、ペドロはとても親切だった。彼が電話してくれなければ、路頭に迷っただろうし、先にタクシーで行くミカさんの宿泊場所も予想できなかったのである。
携帯を持たない彼が電話するのは不便なことだ。数少ない公衆電話を探し、とても高い電話代を払わなくてはならない。(公衆電話から携帯に電話するのは高かった)
しかもイサベルたちにも情報を与え、あの四人が同じアルベルゲに泊まるのだと言う。
どうなっているのだろうか。 私には、急にペドロの方からの歩みよりがあると感じた。

ミカさんのために、タクシーの運転手さんに連れていってもらうバルを教えたり、荷物は運転手さんがホテルの入り口まで入れておくように頼んだり、値段もだいたい聞いておいた。 ミカさんを見送り、身軽になった三人は楽しく道を歩きはじめる。

ところが座って休んでいるときは何でもない私の胃は、歩きはじめるとまた、15分おきに、痛みが襲ってくる。
ホセはパキが気に入ったと見えて大はしゃぎだった。
順番に歌を歌わせたりとうるさいが、私とパキは仕方なくつきあった。
こっちは調子が悪いのに!
ホセは歌が得意だった。古めかしい歌が多かったけれど。その歌詞を通訳してくれる。
その内容は、黒い服を着た未亡人の女性に男性が心を奪われるというものだった。

私がナマ返事をしはじめると、パキにスペイン語で話しかける。パキはそのたびに英語で話してと言う。そうすれば私も中に入れるから・・・と、一人で話を聞くのが退屈だったという。
後で聞いたら、ホセはしゃべっているばかりではなく、詩を朗読するのだという。
その内容が、愛の詩で、聞いていられないということだった。
そのうちパキが『ナゾナゾ』を出した。するとホセはこの時だけは静かになって考え込む。 しばらくはこれが功を奏し、彼を黙らせることができた。

もはや私の胃の痛みの根源は、ペドロからホセに変わりつつあった。
ホセがいつものように、空手について質問してきた。 この言葉はどういう意味? 耳慣れない日本語らしい言葉の意味を一生懸命考える。もともと空手用語なんて知らないのに、変な日本語だから、推理するしかない。 そのうち私は胃が痛いからと逃げようとするが、ぜんぜんおかまいなし。
私の怒りはと痛みは頂点にきた。『もう先に行って』と頼むと、 やっと静かにしてくれた。

やっとのことで、『国鉄のあるラリン』に到着する。長かった。
荷物を置き、シャワーを浴びる。ホセは長風呂だと思ったら、髭をきれいに剃っていた。 私から43歳と言われていたので、これで若く見えるでしょと自慢げだった。
そして顔につけるローションが欲しいとミカさんのドアをノックしている。
ミカさんは、ゆっくり寝てだいぶよくなったという。でもまだ食べ物の匂いだけでむかつきがあるので、今日はもう寝るということだった。

三人で階下のバルの奥のレストランスペースに入った。
ここでは私はスープを飲むようにホセとパキから言われた
。確かに固形物は受け付けない。でも、今日歩いていて思ったのは、ほとんど食べないで歩いていたので、力が入らないのだ。これでは明日も歩けないので、ヌードルが入ったスープをオーダー。
二人はガリシアのおいしいスープ、ステーキ&ポテトをオーダー。二人のスープを味見させてもらったら、すごくおいしい。私のスープもさらっと軽いのにいい出汁が出ておいしかったし、胃にやさしかった。
店の人はスープ皿に盛り付けたあと、大きなスープ鍋を好きなだけお代わりするようにと置いていってくれた。

ホセは突然私にこう言い出した。
パキを指し、
「この女性は見かけが大人しそうである・・・。」
・・・いつまでたってもその続きがないので、何なの?と聞くと
「この女性はとても心が穏やかである・・・」
なぁ〜に言ってんだろう!?

食べながら、私は近くに座る男の子に目が釘付けになっていた。2歳くらいで丸々太っている。テレビのマンガを見ているのだが、その表情を見ていると飽きないのである。 心配そうな顔をしたり、笑ったり、身を乗り出したり。
私はすっかりそちらに気を取られ、パキとホセのおしゃべりにはあまり参加しなかった。
ホセはお店の人に言われるままにワインを味見しながらたくさん飲んでいた。お店の人がとても親切なのである。
この店の料理はどれもおいしく(パキが味見をさせてくれた)、私はここにしばらくここに住みたくなってしまった。
デザートもオーダーしたものよりたくさん出してくれた。
大食漢のホセはどれもぺろりと食べてしまう。


この宿はとても安く、そのうえシングルもツインも同じ値段だといい、どの部屋を使ってもいいと言ってくれた。
でも、今日はパキとツインの部屋にした。
それはまたなんだか楽しいことだった。
二人でさっきのホセの悪口が始まる。
そこへノックの音。ホセだった。
洗濯物を私たちの部屋のベランダに干したいという。ナンツウ奴!
その後二度ほどノックがあってやっと静かになった。

パキはレストランでの出来事を反復する。
「ホセったら、みんな食べ物を自分の腕の中に入れちゃって、すごかったのよ。デザートだって、三人にってお店の人が出してくれた分まで一人占めしちゃって。」
「ほんと、ずうずうしいんだよね〜〜〜!ところで、さっきさ、急にパキのことを『この女性は・・・』って言い出したじゃない?あれ何だったの?」
パキは大笑いしながら
「真面目な顔して私の目を見てこう言ったの。『その美しい瞳は誰のものなの?』」
これには二人で大笑いだった。
ホセはパキの虜になってしまったのだろうか。
「だから私は言ってやったのよ。『私のものよ。』って。」
パキといるだけで女子高生になれる、楽しい夕べだった。

Camino de Santiago via de la Plata 8

8/18(木) La Gudina → Laza (31.4km)
8/19(金) Laza → Xunqueira de Ambia (35km)
8/20(土) Xunqueira de Ambia → Ourense (20km)
8/21(日) Ourense → Cea (21.6km)
8/22(月) Cea → Estacion de Lalin (33.5km)  

携帯電話を持ってかけつけたレストランのおじさん
蛸も小イカもおいしかった〜!
アルベルゲで軽食を取る、ペドロとペペ。
後日、村人達は、ここに避難にきたのだった。
Lazaの村
ずっとこんな緑を眼下にしながら歩いた
振り向いたら、こんなきれいな朝焼け
この奥がオウレンセの アルベルゲ
アルベルゲよりオウレンセの街を望む
やっとありついた蛸
カテドラル
食後はこんな大きなパフェを・・・
小さなりんごを収穫するパキ
腿のあたりに黄色い矢印が浮かび上がる
蛸を茹でるおばさん
今日のアルベルゲ
蛸のレストラン
パキとペペ
美しい修道院
休憩をしたバル
バルのおばさんに撮ってもらった
photo by mica
小さな村で、パキがおばあちゃんと、その孫と話をしていた
白い花のような優しい女の子
日本語を勉強したバルの子供
おしゃべりなホセ
イサベル
8月18日
8月19日
8月20日
8月21日
8月22日